今回は「FSC認証林のマクロ生態学的パターン:生物多様性クレジットによる認証材の高付加価値化の有望性」をテーマに、株式会社シンク・ネイチャー代表取締役であり保全生態学を専門とする久保田康裕氏を講師に迎え、世界のFSC認証林を対象とした最新の分析結果と、生物多様性クレジットの展望についてご講演いただきました。
FSC認証林の価値は十分に可視化されているのか
久保田氏はまず、現状のFSC認証林をマクロ生態学的データから分析し、現在の認証制度が抱える課題について説明しました。
森林認証は、森林管理が適切に行われていることを世界の基準に照らし合わせて評価する仕組みです。しかし、認証取得者が現場で行っている生物多様性保全や森林管理の努力、その成果がどれほど自然環境に貢献しているのかについては、必ずしも定量的に示されていません。そのため、保全活動や森林管理の成果が十分に評価されず、経済的価値にも結び付きにくい状況があります。
今回の講演では、FSC認証林が生物多様性の観点からどのような価値を有しているのかを、世界規模のデータ分析によって明らかにすることが試みられました。
FSC認証林の分析と日本の認証林の可能性
FSC認証林については、FSC Searchに掲載されているデータを地理情報として整理し、シンク・ネイチャーが保有する生物多様性データベースと重ね合わせることで評価が行われました。
その結果、FSC認証林は温帯林や熱帯季節林に多く分布しており、特定の国に偏在していることが示されました。特に比較的経済的に豊かで、本来の森林生態系が改変され、生物多様性の完全性が低下した地域に多く分布している一方、生物多様性の保全優先度が高い地域にも多く立地していることが明らかになりました。
つまり、FSC認証林は「人為的な影響を受けた場所で生物多様性保全上重要な地域」に多く存在していることになります。これは、適切な森林管理によって生物多様性を回復・向上させる余地が大きいことを意味しています。
リスク分析から見た日本のFSC認証林
講演では、森林減少率を指標とした移行リスク・評判リスクの分析結果も紹介されました。
世界的には、森林減少が進む地域ほどFSC認証の価値が高まる傾向が見られました。認証が違法伐採や森林破壊への関与リスクを回避する有効な手段となるためです。
一方、日本は森林減少率が極めて低く、移行リスクや評判リスクも比較的小さい国に位置付けられました。そのため、日本におけるFSC認証の価値は、森林破壊リスクの回避というよりも、生物多様性への配慮や森林の多面的機能の向上にあると説明されました。
また、水ストレスや気候変動の影響を統合した物理リスクの分析でも、日本の認証林は世界的に見て比較的リスクが低く、将来的な木材供給の安定性という観点でも優位性を持つことが示されました。
FSC認証林が持つネイチャーポジティブの可能性
久保田氏は、日本の認証林の多くが、保全優先度が高く自然度は低いエリアに位置していることから、生物多様性の回復効果が期待できると説明しました。こうした地域では、生息地保全、混交林化、枯死木の維持など、FSC認証の下で実施されるさまざまな取り組みが、生物多様性の向上に大きく寄与する可能性があります。しかし現状では、こうした活動によって実際にどの程度の成果が生まれたのかを定量的に示す仕組みは十分に整っていません。
久保田氏は、衛星データや生態学的知見を活用することで、森林管理による生物多様性への影響を科学的に評価できるようになってきていると説明しました。実際に企業有林を対象とした評価事例では、森林を維持・管理すること自体が生物多様性保全に寄与していることが定量的に示されているといいます。
生物多様性クレジットへの期待
講演後半では、生物多様性クレジットの手法や課題についても紹介されました。生物多様性クレジットは、自然保全や生態系回復によって生み出された成果を定量化し、経済的価値として取引可能にする仕組みです。
生物多様性クレジットの実装の歴史は長いものの、多くの事例が十分な成果を上げられていないことも共有されました。追加性の評価不足、効果の過大評価、開発圧の移転によるリーケッジ、長期的な保全の担保不足(永続性)などが主な課題として挙げられました。
こうした課題を克服するためには、科学的根拠に基づく透明性の高い評価手法が不可欠であり、衛星データや生物多様性データベースを活用した定量評価が重要になると述べられました。
現在では、衛星データや現地調査によるグラウンドトゥルースデータをビッグデータとして活用できるようになり、「何もしなかった場合」と比較した追加性(additionality)の検証も科学的に行いやすくなっているとのことです。また、活動の効果が時間とともにどのように現れるかを示す「応答関数」の考え方も紹介され、低コストで効果を可視化・モニタリングできる可能性が示されました。
おわりに
今回の講演では、世界規模の分析を通じて、FSC認証林が生物多様性保全上重要な地域に多く分布していること、特に日本の認証林にはネイチャーポジティブに貢献する大きな可能性があることが示されました。
また、森林管理による生物多様性への貢献を科学的に可視化し、その価値を適切に評価することが、認証材の付加価値向上や将来的な森林保全につながる可能性も示されました。
森林管理の成果を「認証の取得」にとどめず、具体的な自然への貢献として見える化していくことの重要性を改めて感じさせる講演となりました。
本セミナーには104人の方々にご参加いただき、盛況のうちに終了しました。
講師 久保田 康裕 氏 株式会社シンク・ネイチャー 代表取締役CEO
北海道大卒業、帯広畜産大学院修士課程修了、東京都立大学院博士課程修了 博士(理学)。、鹿児島大学・琉球大学等で、陸・海を横断した地球の⽣物多様性に関するマクロ⽣態学の研究を30年にわたり展開。フィールドワークとビッグデータ&AIを統合して生物多様性を見える化、サイエンス誌やネイチャー誌をはじめとした一流学術誌に、マクロ生態学や生物多様性保全に関する論文を多数発表。最先端の科学的アプローチで自然の価値を可視化する株式会社シンク・ネイチャーを起業し、自然資本への投資が評価され豊かな社会経済へと繋がる世界の実現に挑戦中。
