近年、気候変動に伴う異常気象の頻発・激甚化により、山林や流域を取り巻くリスクは急速に高まっています。それに伴い、林業には木材の生産だけでなく、土砂災害や洪水の防止、水源涵養など、地域の安全と暮らしを支える公共的な役割への期待が、これまで以上に寄せられています。

本セミナーでは、「森と水の関わり」をテーマに、森林が水資源や流域環境に果たす役割について、30年以上にわたり研究・教育に取り組まれてきた蔵治光一郎氏を講師にお迎えしました。近年の土砂災害現場の調査から明らかになった災害発生のメカニズムや、それを踏まえた森林管理のあり方についてご講演いただきました。以下に、その概要をご紹介します。
 

講演内容概要

災害の防止は、45年以上にわたり、国民が森林に期待する機能の第1位または第2位を占めており、日本が災害大国であることを背景に、森林の公益的機能の重要性が示されています。

蔵治氏は30年以上に及ぶ研究活動の中で、2014年広島豪雨、2017年九州北部豪雨、2020年球磨川豪雨など、近年の大規模豪雨災害の発生直後に現地へ赴き、調査・検証を行ってきました。こうした現地調査や最新の研究成果に基づき、森林管理と土砂災害の関係について、現場からの豊富な写真やデータ分析を交えて解説が行われました。主な知見は以下のとおりです。

  • 風化花崗岩の真砂土地帯は一般に崩れやすいとされるが、2017年九州北部豪雨では、風化花崗岩地帯と、隣接する変成岩地帯との間に土砂崩れ個所数の差は見られなかった。
  • 橋梁が頑強であるがゆえに土砂や流木が滞留し、溢流によって周辺の道路が流される事例が多く確認されている。
  • 2017年九州北部豪雨では、急傾斜地は崩壊しやすい一方で、緩傾斜地でも崩壊は発生している。
  • 凹地形(集水型斜面・0次谷)は比較的崩れやすいが、凸地形でも崩壊は起きている。
  • 従来は皆伐後10~20年が土砂崩れのリスクが高いとされてきたが、2017~19年の土砂崩れの分析では、0~15年生の若齢林で被害が多い傾向が見られる。
  • 2020年球磨川豪雨において、 林野庁の調査では、急峻地の路網から10m以内や凹地形で崩壊が多く確認され、土砂流出の起点の半数以上が伐採面積6ha以上の箇所であった。また、路網密度が75~150m/haにかけて崩壊発生率が増加する傾向が見られた。
  • 熊本県を対象とした研究で、流域内の皆伐面積割合とダム堆砂率の増加率の間には相関があり、皆伐が多い地域ほど土砂流出量が多くなる傾向が確認された。
  • 林業が盛んな球磨川流域森林計画区や大淀川流域森林計画区では高性能林業機械の保有率が高いため、集材路の密度も高くなり、災害リスクが高いと推測される。

これらの分析において蔵治氏は、しばしば一般的な通説と実態との間に生じる齟齬に着目し、原典に立ち返ってその妥当性を検証しています。

例えば、従来は「皆伐後しばらくは切り株の根が斜面を安定させ、その後いったん弱まり、再造林木の成長に伴って再び安定性が高まるため、10~20年で崩壊リスクが最大になる」と考えられてきました。しかし、原典は立木や伐根の引き抜き実験によるもので路網密度は考慮されておらず、実際の災害事例の分析から、皆伐直後から10年程度までの若齢林においても土砂崩れリスクが高いことを明らかにしました。

また、土砂流出に関しては、保安林のパンフレットで引用されている原典では裸地や荒廃地からの土砂流出量のみが普通林地と比較されており、普通林地と皆伐地との比較はされていないこと、砂防施設設計基準においては皆伐地からの土砂流出量を普通林地の15倍と規定していることを説明されました。

総じて、森林のみで土砂流出や斜面崩壊を完全に防ぐことはできないものの、森林の状態や施業方法が災害リスクに影響を与えることが示されました。特に、皆伐率の高さや高密度の粗雑な集材路はリスク増加につながる可能性があり、高性能林業機械による低コスト化と森林の国土保全機能との間にトレードオフが存在することにも言及されました。

そのうえで、流域治水の観点からは、水や土砂、流木の流出ピークを抑え、時間をかけて流す森林管理の重要性が強調されました。また、流域全体での対策の必要性に加え、流域治水対策型治山ダムやリーキーダムなど、洪水時の流水を一時貯留してゆっくり流下させる事例についても紹介されました。

講演後半では、森林認証の意義についても議論が行われました。FSCのように合法性・生物多様性・社会面など複数の要素を統合的に評価する「パッケージ認証」と、カーボンなど特定の側面に特化した「個別認証」との違いを整理したうえで、日本でFSCのようなグローバルなパッケージ認証が普及しにくい背景について検討がなされました。
 

認証の分類


その要因として、森林所有者にとってのメリットの乏しさ、下流側における需要の不足、コスト負担の大きさなどが挙げられました。また、低コスト化を重視した伐採や再造林放棄といった国土保全上の課題にも触れ、それらの解決策の一つとして、認証に関する教育・普及の重要性が示されました。

GP森林認証が普及しない理由

さらに、認証コストを商品価格に転嫁する従来型の仕組みだけでなく、税や寄付金、基金などを活用して支える新たな仕組みの必要性についても提案がありました。

認証を普及する手段

本セミナーには122名の参加者が参加し、質疑応答では、近年頻発する豪雨災害と森林施業の関係、皆伐や路網整備のあり方、森林認証の役割などについて多くの質問が寄せられ、活発な意見交換が行われました。

FSCジャパンでは今後も、責任ある森林管理の実現に向け、多様な専門家による勉強会を継続して開催してまいります。

※上の画像のスライドは講演者の著作物となります。

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講師

蔵治 光一郎 氏
東京大学大学院農学生命科学研究科教授
東京大学附属演習林 富士癒しの森研究所所長
東京大学農学部林学科卒、青年海外協力隊員としてマレーシア・サバ州森林局森林研究所にて勤務、 東京大学大学院博士課程修了、東京大学助手、東京工業大学講師等を経て2017年4月より現職。 専門は森林流域社会環境学。主な著書に『森の「恵み」は幻想か』『「森と水」の関係を解き明かす』、編著に『長良川のアユと河口堰』『緑のダムの科学』など多数。