F-NET 大井川

伝統の林業への回帰、現代林業への疑心暗鬼を整理するツールとしてのFSC

 

F-NET 大井川
藤島斉
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700年間続けてきた森との付き合い方を一変させた戦後の拡大造林政策。材価が下がり、今後の山との関わり方次第では暮らしていけないという現実を突きつけられていた自伐林家たちが出会ったFSC認証は、拡大造林以降の林業に対する不安ともやもやを払拭するものだった。そんな自伐林家たちを中心に構成される「F-net大井川」が管理をする静岡県川根本町の森。そこが今回の物語の舞台だ。

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2005年(平成17)9月、大井川上流の中川根町と本川根町が合併して誕生した川根本町。大井川に沿って走る「大井川鉄道」でも知られるこの町は、西に浜松市、東に静岡市という2つの政令指定都市に接する一方、北部は日本アルプスの一部を構成する南アルプスの南端に接する。2014年6月には南アルプスを擁する10の市町村最南端の町としてユネスコが進めるユネスコエコパーク「南アルプスユネスコエコパーク」に登録。日本アルプスというダイナミックな自然と、政令都市という都市部を結ぶ町として国内でも類を見ない環境を有している。

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そんな川根本町がFSC/FM認証を取得したのは2008年3月のこと。町有林と私有林合わせて1465.96haの森林で認証を取得した。認証取得に際しては、町と9人の自伐林家とが一緒になってF-net大井川を設立。F-netを中心に認証取得の準備に取り掛かったが、「実は、地球環境を考えるとか、高尚な理念があってF-netを作ったわけではないのです」と、認証取得当時に町長を務め、現在はF-netの代表である杉山嘉英さんが当時の様子を語ってくれた。

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「F-netの主要メンバーが暮らすこの文沢地区は、ずっと昔から5~6軒の家しかない山あいの集落でした。僅かな平地を利用して自分たちの食べる分だけの野菜や穀物を育て、木材や炭、お茶、シイタケ、ワサビなどの農林業を営んできた集落です。約700年前の南北朝時代のころから昭和の初めの頃まで自給自足のような暮らしを続けてきました」。

森の恵みを活かし、森と共に暮らしてきたこの地域に大きな変化をもたらしたのが、戦後の拡大造林政策だった。自然林を次々に伐採し、ケヤキやモミの大木も枯らして山の尾根から川岸までスギ、ヒノキを植えて濃い緑の山にしてきた高度経済成長期。「その頃は、そうすることがこの地区を守るために必要だと思ってやってきました」と、杉山さん。その後、輸入木材や需要の低迷などの影響も受け、材価が下落。コスト重視の林業となり、手入れも雑になると、目の前の林業に対するいろいろな疑問が湧き出してきた。

「たくさん植えれば豊かな生活ができると信じて植えてきたのだと思います。それを否定するつもりはまったくありません。ただ、無理して人工林にしないで、山の上の方の天然林などを残しておけば、様々な森との接し方が可能となり、もっと多様性のある暮らしができたかなと思うことがあります」。

きっかけとなった模擬認証

尾根筋から川岸まで植えられたスギ林を見ながら、未来への不安と焦りを感じていた2001年のある日、杉山さんたち自伐林家たちに一つの転機が訪れた。大井川流域の川上から川下までの連携を模索していた静岡県が、費用を県で負担するからFSCの模擬審査を受けてみないかと打診してきたのだ。FSCの存在は知っていたが、山の暮らしを無視した環境保護に特化した仕組みではないのか、国際基準の管理はハードルが高いのではないか、との思いはあったが、県の打診に応え、模擬審査を受けることにした。

「ああこれだ、と思いましたね」。模擬審査を受けてみてそう思ったという杉山さん。それまでは、本当にこれでいいのだろかと自問自答しながらも経済優先で森を管理してきたが、「管理の方法も今までこの地域で行われてきた伝統的な方法を守れば十分である事が判ったし、環境だけでなく経済や地域社会についても考えることを明文化しているFSCは、これから先、林業を続けるにあたって大きな柱になるのではないかと感じました」。すぐにでも本審査に取り組みたい杉山さんたちだったが、小規模な林家の集まりでは認証費用を工面できず、認証取得は先送りとなった。

もやもやとした不安を抱えていたときに巡り合ったFSC認証制度。模擬審査を通じてこれからは環境性・経済性・社会性という三つの要素のバランスを考えていくことが重要であると実感した杉山さんは、本審査に取り組むために同志を募り、町有林にも働きかけた。もっとも、FSCへの理解はなかなか進まず、FSCを取得したらいくら材木が高くなるのか、という経済重視の意見も少なくなかったという。

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山の思いがつながったCOC

「COCはどうするのか、という意見もありました。チェーンが繋がってこそFSCというものが機能するのではないかという考えはもっともなことです。でも私たちは林業家です。林業家である自分たちが一番森に関わっているのだから、まずは自分たちが森との関わり方をしっかりとしていけば、それを理解してくれる人が出てくる。必ずそういう流れが出てくると説得し、経済性重視のひとを説得しながら、まずはFM認証から取り組みました」

山の場合には環境と直結しているので、それを守らなければ自分たちの暮らしに影響するということが分かりやすい。一方、COCの場合には、認証を取ることの意味を体感しにくく、エンドユーザーからの動きがあってようやく認証を意識する。そういう意味では手間も時間もお金もかかるCOC認証がなかなか繋がらないのも理解できると杉山さんは言う。

実際、認証取得後にCOC認証については幾つかの動きはあったが、木材を流通させるのは簡単なことではなかったと、川根本町産業課の担当者はこの数年を振り返る。もちろん、コンペなどを通じてPRはしてきたが、エンドユーザーである住民の間にFSCがまだまだ十分に浸透していないのが現状。町としてはFSCを適正な森林管理のためのフォーマットと位置付けて継続している。

そうしたなか、2015年3月、川根本町に隣接する島田市のワーキンググループがFSCのCOC認証を取得した。製材、プレカット、合板加工などのチェーンが繋がり、川根本町とも連携していこうと話が進んでいるという。

「山を守っているつもりが、逆に山を荒らしている部分もあるのではないか。そんなモヤモヤを整理するルールとしてのFSCが、ようやく川下につながろうとしています」と話す杉山さんは、まずは一つの実績を作りたいと今後の展望を語る。
「単発ものでいいのでFSCのチェーンの繋がった家を一軒作り、これから家を建てようという方に環境・経済・社会のことを考えた認証材の家という選択肢があることを知ってもらいたいですね。そういう流れができれば、自分たちが森に対して何かできることはないだろうかと自ら考えて動き出すひとも出てくるでしょう」

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その日がいつ来てもいいように、F-net大井川の面々はすべての基本である森の管理に全力をつくすのだと杉山さんは話を結んだ。明日の暮らしの心配をしつつ、同時に100年後の森のことも考えなくてはならないのが林業だが、このバランスをとるのは私たちエンドユーザーが想像する以上に難しいことだろう。取材中に杉山さんは、ときには経済を最優先させたくなる事もあるが、その心の〝ブレ〟を修正してくれるのがFSCであると取材中に話していた。再び軌道に戻ることができたF-net大井川が管理する川根本町の林業。COCという新たな盟友を得て、700年の歴史に続く新たなスタートを切った川根本町の今後が楽しみだ。


文:藤島斉

基本情報

認証の詳細については名称をクリックいただくとご覧になれます。

【名称】
F-net大井川事務局(森林組合おおいがわ)

【所在地】
〒427-0233 静岡県島田市身成162

【主な樹種】
スギ、ヒノキ、クヌギ

【取扱製品】
原木、プレカット材、Jパネル

【問い合せ】