三菱製紙株式会社

〜エコシステムアカデミー〜

三菱製紙株式会社
藤島斉
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2001年、日本の製紙メーカーとしていち早くFSC−COC認証を取得し、FSC森林認証紙を生産してきた三菱製紙株式会社。2007年には岩手県岩泉町にある社有林が岩泉町グループ認証(FM)に加入、2009年には青森県七戸町と、福島県西郷村の社有林にて森林認証を取得するなど、FSCに対して積極的な取り組みを続けている。同社では現在、西郷村の社有林にビジターセンターを設け、森の生態系から木を使ったものづくりまでを視野に入れた環境教育「エコシステムアカデミー」を展開している。今回のレポートでは西郷村のビジターセンターを訪れて、エコシステムアカデミーの取り組みについて話を伺った。

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軍馬の産地に出来たアカマツの森

東京から東北新幹線に乗ることおよそ90分、新白河駅の改札を出ると、既にそこはエコシステムアカデミーのある西郷村の入り口である。林業が盛んだった地域というわけではなく、かつては畜産研究所があり、もともとは軍馬の養成地として栄えた地域である。戦後は駅前にパルプ工場が建ち、周辺にはパルプ用材としてアカマツが植林された歴史を持つ。
 近年の技術開発により広葉樹を利用してパルプを作ることができるようになったが、昔は広葉樹でパルプを作ることはできなかった。植林して40〜50年、アカマツは伐期を迎えているが、既にパルプ工場部門は撤退し、現在は使い道のないアカマツ林が広がっている。

「もちろんチップにしてパルプ工場に持っていけば、紙の材料として利用できます。ただ、周辺でパルプ工場がある場所といえば、山を越えた先のいわきか、北の方へ行ったところにある北上、あとは日本海側の新潟くらいでしょうか。ここで伐っても運搬費の方が高くつくので、正直なところ採算が取れないのです。」と話すのは、エコシステムアカデミーで校長を務める板倉完次氏。パルプがダメなら別の用途がないのか尋ねてみると、「焚き火にするくらいですかね」という冗談めかした答えが返ってきた。
「以前、一度だけ間伐したアカマツをトラック一杯分だけ材にして売ったことがあります。昔なら曲がり梁で人気があったアカマツも、ヤニが多く油っこいので使うとなると嫌がられ、人気がありません。ただ、火力が高く、火付きもいいので、バイオマスボイラーの燃料としてなら使える…という言い方はできますが、チップにして採算が取れるかどうかというレベルですね」。
 パルプ工場にも持ち込めず、かといってバイオマスの燃料としても採算が取れるか分からないアカマツの森。伐期を迎えた林班が多く、早急に対策が待たれる森林をどう活用するか。そこに浮上したのが、環境教育の場としてこの森を使うことができないかという発想だった。

事業林ではない森でFSCを取得する意義

現在、三菱製紙では、国内の3地区の社有林でFSCのFM認証を取得している。岩手県岩泉町の認証林は事業林として木材の生産をしており、伐り出した木材は北上工場で100%国内材による製品の原料として活用されている。青森県七戸町の認証林もまた事業林として管理されている。木材は八戸工場に持ち込まれることになるが、現在は八戸港に入ってくる輸入チップを利用して使っているので、現段階では、必要に応じて伐るというスタンスで管理が進められている。この二つの森林に対し、先に紹介した西郷村を含む白河地区の認証林は、岩泉、七戸の認証林とは趣旨が異なり事業林としての展開はしていない。強いて言うなら「展示林」、そんな表現ができますねと板倉校長は言う。

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環境教育の場として新たな活用に舵を切った西郷村の森林だが、事業林ではない森林がFSC認証を取得・維持することにどのような意義があるのだろうか。この問いに対して板倉校長は「環境教育の中でFSCと言うものを普及させ、当社の企業としての取り組みやPRに繋げたいという思いがあります」と答える。
「近年、企業のCSR(※企業の社会的責任)という言葉が随分と浸透してきました。製紙会社である当社は社会との関わりが深い企業で、森林を伐採したり、工場を持っていることで、音や臭いなどの問題について地元の方々と風通しのよい関係をつくっていかなければなりません。定期的に説明会を開いたり、地域の行事に参加したり、工場を解放して地元の学校からの工場見学受け入れたりと、つまりステークホルダーという言葉が流布される以前から、CSRということを意識せざるを得なかった歴史があるのです」。
 言われてみると確かにそうだが、製紙会社というのは、森林、林業、生活、工業など、多くの要素と関わりを持つ企業である。地域住民との関係なしには存続は難しく、CSRという言葉が使われるずっと前から同社がCSR的なことに取り組んで来たことは想像に難くない。その歴史を踏まえれば、アカマツの森林をどのように利用するかという選択肢の中に、「環境教育」という選択肢があったことはむしろ自然な流れだろう。

自社の制度を利用

西郷村のビジターセンターを拠点に環境教育を展開するエコシステムアカデミーは独立した法人ではなく、本社の組織の中の一つの部署である。設立当初は拠点である西郷村の小学生を対象に環境教育を行っていたが、最近は出前教室というかたちで東京都内で行うこともあり、遠くは青森八戸・岩手北上・京都長岡京でも行ってきた。
 出前講座はスタッフ総勢8〜10人体制で行い、講座の時間はおよそ3時間。一度出前講座を行うと、ぜひ翌年もお願いしますとリクエストされ、出張講座の数は年々増加している。講座に同行するスタッフは全て三菱製紙グループ内の社員で、インストラクターは現在30名ほどいるほか、インストラクターを支えるインストラクター補やサポーターもそれぞれ30数名いるという。
 インストラクターは公募制でグループ内の社員であれば誰でも手を挙げられる。ただ、職場の理解がないとできない活動であることから、直属の上司の許可をもらうことが応募の必須条件となっている。インストラクター候補として2年ほど経験を積んだ後、校長および3名のシニアインストラクターから成る認定委員会で全員一致の場合のみ、晴れてインストラクターとして認められるそうだ。
「ここまで厳しくするのには理由があります。実は当初社内の昇進試験受験の条件の一つに、このインストラクターの資格も入れられるようにしたのです。現在はこの制度がなくなりましたが、人事情報システムの中で認定資格の一つとして登録されます。」と話す板倉校長。税理士や公認会計士という資格と並んで、社内資格であるエコシステムアカデミーのインストラクター資格が入っているとは驚きである。
 対外的な形ばかりのCSRではなく、自社の制度に組み込むことで質の高い組織を作り上げてきた同社の取り組みは、かなりの本気だと言えるだろう。

ちょっと不思議な森

そんなエコシステムアカデミーの拠点となる西郷村のアカマツ林だが、実際に訪れてみると、アカマツという名前から受ける印象とは大きく異なる。「それほど手入れはしていない」ということだが、森の中は針葉樹と広葉樹が混在し、マツといえば松枯れという昨今の印象とは異なる健康的な森林が広がる。松枯れに対しては何の予防策もしていないという説明だったが、標高の恩恵か、麓の白河市では松枯れが確認されているものの、標高800mほどに位置する社有林内では寒さも手伝い確認されていないそうだ。同じ福島県でも太平洋側ではかなりの量のマツクイムシの流入が確認されており、北も青森県あたりまで目撃例がある。「尾根の上の方は風が強く、寒さも強くて雪も積もります。木が若く、老齢のマツではないということも何かしらの予防策になっているのでしょう」と、板倉校長はそう分析する。
 また、松枯れの話以上に興味深いのが、林内に点在する広葉樹だ。これらの広葉樹はとくに植樹をしたわけではなく、勝手に出てきたものだという。「もともとは牧場が広がっていて、植樹をしたのはアカマツのみでした。ところが現在はご覧のとおりの混交林。植えたわけでもないのに、この広葉樹はどこから来たのでしょうかね。地中に眠っていたものが出てきたのか、鳥や動物が運んできたものなのか、風に運ばれてきたのか、興味は尽きません」。
 以前、大学の先生に植生調査をお願いしたところ、森林としての出自(牧場~アカマツ植林~混交林)がしっかりしていて、なおかつアカマツが松枯れ被害を受けていない日本国内でも珍しい森林だと報告されたそうだ。

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教えたいこと、伝えたいこと

現在、板倉校長たちは、この森の中に8箇所の標準地を設定し、下層植生と胸高直径、更に土壌動物などの調査を続けている。間伐をした場合としていない場合でどのような違いが出るのか、実生更新で出てきたものがどのくらい生き残るのか、耕したところと耕してないところでは何が違うか等々、同じ森の中で条件を変えて手入れを続け、その様子を子供達に見せることで森を手入れするという意味を説明するのだという。

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「標準地を観察して、どういう種類の木や草が生えてきたのか、葉っぱをめくって地面を掘ったり、虫の数はどのくらいかなど、生物の多様性を子供達に伝えたいと思っています。そのためにはこの森をどのように管理したら良いのか。これは里山の問題にも通じることですね。一度人の手が入った場所をどう管理していくのか、白神山地のような原生林を目指すのもいいでしょう。ただその場合、今この場にいる生物の種をどう考えたらよいのか。少なくともここ100年くらいの生態系を守りたいと思うので、そのためにはやはり何かしら手を入れ続けなくてはならないわけです。そういうことも子供達に知って欲しいですね」。それを知ることで、森に親しみを持ってもらい、大切にしようという気持ちが育ってくれば、林業と私たちの生活のつながりが見えてくるのではないでしょうか、と板倉校長は話を結ぶ。

 

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取材の途中で板倉校長は、「国内大手の製紙会社の中で、当社は社有林の所有面積が一番少ない会社です」と話していた。森林の面積は紙の原材料の供給量に直結し、それはつまり、マスプロダクトの原理の中では価格争いで勝負にならないことを意味している。では、他社との差別化を図るにはどうすればいいのか、と模索する中で出会った「環境」というキーワード。同業者のどこよりも早くFSC認証を導入し、その理念をエコシステムアカデミーという形で体現する三菱製紙株式会社。同社の姿に勇気づけられる関係者も少なくないだろう。アカマツの森に植えたはずのない草木が育ってきたように、私たちの社会にもFSCの理念が芽生える日がくることを願わずにいられない。

文:藤島斉

基本情報

【名称】エコシステムアカデミー(三菱製紙株式会社

【所在地】
〒961-8054 福島県西白河郡西郷村字前山西3番地 三菱製紙 白河事業所内

【主な樹種】アカマツスギ・ヒノキ・ミズナラ・コナラ・クリ等

【問い合わせ】