木製品と紙製品、一般にそのどちらかに大別されるFSC製品だが、世界で唯一FSC認証の原木で育てたシイタケを生産している自治体がある。宮崎県東臼杵郡諸塚村。宮崎県北部の山あいに位置する村で、一体FSCがどのように活用されているのか、諸塚村を訪ねてみた。
FSCとのユニークな出会い
諸塚村がFSC・FM認証を取得したのは2004年のこと。認証取得に至る経緯は三者三様だが、諸塚村ではFSC側からのアプローチで認証に至ったという少々ユニークな経緯がある。というのも、日本におけるFSCの黎明期だった当時、国内ではヨーロッパ型の林業がベースになったFSCの基準が日本の林業に適用しづらいという意見が多かった。関係者の間からは日本の林業に合ったFSCの基準を求める声も多く、国内の関係者による日本型の林業に“翻訳”されたFSCの確立が進められた。そんな背景の中、まだ認証実績のなかった九州でのフィールドを探していた関係者が辿り着いたのが諸塚村だった。FSC側からの勧めもあり、諸塚村では「森認証模擬審査導入プロジェクト」を設立。模擬認証を実施してみたところ高い評価を受け、それならばと諸塚村と森林組合、林業家等が参加した「森林認証研究会」を設立し、村ぐるみのグループでのFSC認証を取得するに至った。
諸塚村のユニークな制度
FSCとの出会いもユニークだが、もともと諸塚村には「諸塚方式」と呼ばれるユニークな自治公民館制度が存在する。諸塚村では戦後間もなくから、集落の集まった地域を公民館と呼んで、その組織が主体となってそれぞれの集落を自治する全国でも例のない試みに取り組んできた。現在、村内には16の公民館があり、それぞれに公民館長、産業部長や社会部長などの“役員”が置かれている。さらに、この各公民館を統括する公民館連絡協議会という自治組織があり、諸塚村の行政と対等な関係で合議しながら地域づくりをしているのだ。先述の模擬審査の結果も、公民館長会で報告したのをきっかけに、認証取得の準備を進めたという経緯がある。
本州とは異なる九州の山
では、諸塚村の森林とはどのような森林なのか。まず、実際に諸塚村を訪れて感じるのは、広葉樹が多いという印象だ。九州といえば日田スギが有名なこともあり、広葉樹の多い山の表情にいささか違和感を覚えてしまう。ただし、本来の九州の山は照葉樹林の山であったと諸塚村産業課の矢房孝広課長が説明してくれた。
「もともと九州の山は照葉樹林が基本で、江戸時代にスギ・ヒノキを植林していたのは日田や飫肥くらいでした。戦後の拡大造林政策でスギ・ヒノキが植えられるようになりましたが、諸塚村では戦前までは炭焼きや焼き畑の文化が中心。きっと、九州から中国・四国地方、紀伊半島くらいまでは同様だったのではないでしょうか」。
伝統的な炭焼きと焼き畑の文化。さらに諸塚村では、江戸期の前半から椎茸の原木栽培が行なわれていたという原木シイタケ栽培発祥の地。戦後の拡大造林の時にも、スギ・ヒノキばかりを植えるのではなく、3割程度はシイタケの原木に使えるクヌギ、ナラなどの落葉樹やカシなどの照葉樹を残していきながら、適地適木の林業を続けてきた。現在、諸塚村の山はスギ・ヒノキ林が6割、シイタケ原木林が2割、残り2割が天然林という内訳になっている。一斉に大面積を伐るということを避けてきたおかげでモザイク林相の山となり、芽吹きの頃や紅葉の季節にはパッチワークのようなきれいな山の風景が楽しめる。
また、広葉樹が所々にあることで治山の役割も兼ねているという。一般に、クヌギなどの広葉樹は伐採してもその根はスギの根のように腐ることがなく、そのまま萌芽更新を繰り返しながら山崩れなどを防ぐ効果がある。ご存知の通り、九州では台風の被害が大きく、林業の方法が本州などと比べて大きく異なる。「模擬審査の時に来られた先生たちは、最初のうちは九州の林業のやり方を不思議がっていましたね」と、矢房課長は当時を振り返る。
村全体で取り組むこととなったFSC。幸い、九州で初めての例ということもあり、当時はマスコミに取り上げられることも多く、周囲がいろいろと盛り上げてくれたという。もちろん、諸塚村としても、基幹産業の一つである林業が全国的に停滞する中、何か活路を見出さなくてはならない状態であった。まだまだやらなければならない課題はいっぱいあるが、FSCの認証取得は新たなきっかけの一つになったという。
認証取得後の動き
認証取得後、諸塚村ではFSCの知名度を上げるべく啓発事業に取り組んでいく。まずは手始めに、全国公募の認証製品コンテストを開催。コンテストではベンチや小物などがエントリーされ、製品のいくつかは現在も村民ホールに展示されている。更に全国の認証地域のネットワークを視野に入れた「森林認証フォーラム」を開始、その運動は「世界森林認証まつり」へと引き継がれていく。
また諸塚村の特産品であるシイタケを利用した『森の恵みのスープ料理コンテスト』も注目される。諸塚村ではFSC認証を取得して間もなく、担当の認証機関からシイタケを認証製品としてCOC認証を取得してみてはどうかという提案を受け、世界でも類を見ない認証シイタケの商品化に取り組んだ経緯がある。現在でこそ国外ではナッツ類のFSC認証製品が存在するが、当時、食品関係のFSC認証製品はほとんど例がなく、諸塚村の認証シイタケは国外でも大きく取り上げられることとなった。
2013年、この諸塚村の認証シイタケと、シカやイノシシなどのジビエをはじめとする諸塚村の特産品素材を使ったオリジナルスープのコンテスト『森の恵みのスープ料理コンテスト』が、“食べるスープの専門店”として首都圏で展開する「Soup Stock Tokyo」との共催で行われた。コンテストには毎年プロ・アマ問わず、全国の料理研究家から多数の応募があり、第3回目の開催となった今年も大盛況に終わった。グランプリを受賞したオリジナルスープのレシピは、ウェブ上で公開され、誰でも見られるようになっている。
逆境が生んだ新たな事業
シイタケ栽培発祥の地ならではのアイデアで盛り上がる諸塚村だが、ここまで順風満帆に進んできたわけではない。15年前には安価な中国産の大量の輸入があり価格が暴落、さらに数年前には原発事故による食品の風評被害が起き、諸塚村でもシイタケづくりをあきらめる生産者がかなりあった。その後中国産は残留農薬問題などで敬遠され、安心安全の諸塚村産シイタケが見直されるようになったが、シイタケ栽培用のホダ木として適期に伐採されず、大きくなり過ぎた木は重く、菌のまわりも悪くなるため、栽培現場では扱いにくく、関係者は過齢木となった広葉樹の有効な活用方法を模索する。
そこでスタートしたのが、「諸塚どんぐり材プロジェクト」である。都会の建築家などの協力で、建築内装材や家具の商品開発を行っている。特に「どんぐりホームユニット」は、住まいの壁に一つの穴も開けることなく施工できるこのユニットで、マンションやアパートなどにも利用できるとして大好評。外国産材にはない風合いや手触りに対するユーザーの評価も高い。集材や木取りなどに手間がかかるため、国産のものはほとんど活用されてこなかった広葉樹だが、国内に豊富にあるコナラ・クヌギの活用モデルになれればと、諸塚村では商品の普及に力を入れている。
一方、村の山林の6割を占めるスギ・ヒノキは、産直住宅として年間約30戸の製品を生産。一般的な人工乾燥木材に加え、伐採した木を2~4ヶ月山に置いたまま葉枯らし乾燥させる自然乾燥木材製品を供給するというユニークな試みも行っている。「林業家の提案で自然乾燥をやってみたところ評判が良かった」という材は、専門家はもちろんのこと、末端のユーザーでも一目でわかるほど色目が異なるという。
「諸塚村の材は女性的で優しい印象の材です。新興住宅地などで棟上げが行われる時など、材の色目や大きさですぐに諸塚村の木だとわかるほど、他の材とは異なります」と話す矢房課長は、「手はかかるが需要も高い」と、自然乾燥木材に手応えを感じている。
ユーザーに対するFSCの説明はまだまだ必要だという矢房課長。産直住宅を選択するユーザーや建築家は、FSCを評価してくれる人も少なからずいるそうで、わざわざ施主に請われて柱に焼印を入れに行ったこともあるそうだ。決して大多数ではないが、ハマる人はハマるのがFSC。取材中、そんなフレーズが何度か出てきたが、“ザ・FSC”と大上段に構えるのではなく、代々その土地で綿々と続けられてきた暮らしの中にさりげなくFSCを取り込んでいる諸塚村のスタイルに、FSCを活かすヒントがあるように思えた。
文:藤島斉
関連CoC認証取得者
【名称】
耳川広域森林組合諸塚加工センター
【取扱製品】
床材、内装材、建築用材、柱材(スギ・ヒノキのみ)
丸太、しいたけ原木