尾鷲林政推進協議会 おわせ森林管理協議部会

三重県南部、黒潮の流れる熊野灘に面する尾鷲市。年間の降雨量が全国平均の倍以上という国内屈指の雨の町は、日本三大人工美林のひとつ「尾鷲ヒノキ」の産地として広く知られている。

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およそ400年にわたる林業の歴史を持ち、2017年には地域の林業が「日本農業遺産」として登録されるなど、伝統を受け継ぎながらも新たな動きも見せている。今回のレポートでは、尾鷲市水産農林課を訪ね、林業への取り組みについて話を伺った。

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藤島斉

1haあたり8000本以上の苗木を植える先達の知恵

「密植多間伐」という聞きなれない言葉が、尾鷲市木のまち推進課(現、水産農林課)の千種正則さんの口から出たのは、伐採後の再植樹を行っている団地に向かう車中のこと。1haあたり8000本の植林をして、10年おきに間伐を行う尾鷲ヒノキの伝統的な森林施業をそのように呼ぶのだという。一般に、1.5m間隔で植えた場合、1haあたり4000〜4500本になると言われているので、8000本というと単純にその倍だ。「一本植えたら横に一歩移動して植える。そのくらいの密度ですね」と、同行した同課の髙村彰宏さんが補足する。

 急峻な土地が多く雨が多い尾鷲では、山の栄養が雨で流されてしまう。痩せ地で木の成長が遅い地域にもかかわらず、わざわざ日当たりの悪くなる「密植」を行うのは、雑草が生えてくるのを抑えるための智恵。日光が十分に届かない分、木はゆっくりとスローに成長するので年輪は密になり、枝は簡単に払い落とせるような優しい枝になるそうだ。

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とは言っても、通常の倍以上の木の数である。簡単と言っても、枝打ちに掛かる手間は相当なものだろう。「間伐は10年目から10年ごとに行い、最終的に残るのは1haあたり1000本程度です。枝打ちは将来的に残るであろう木を当て込み、2000本くらい打っておけばいいという感覚です」と説明する千種さん。どの木を収穫するか、植栽後の早い段階で目星をつけて管理していくそうで、「ちょっとした賭けですね」と笑ってみせる。

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藤島斉

公共の事業体としての役割

尾鷲市南浦クチスボ地区。山道を進み、五カ年計画で皆伐と植栽を行っている団地に到着した。植えられているのはヒノキのみ。樹齢は50〜60年との説明を受けたが、一般的なヒノキ林のものと比べるとずっと細い印象を受ける。皆伐面積は延べ29ha、伐採された跡にはヒノキが植えられ、順調に成長している様子がうかがえる。きっと、過去に幾度となく繰り返されてきた光景だろう。
 「この山では試験的にチューブ苗を植えています」と説明を始める千種さん。チューブ苗とは直径3cm、長さ15cmほどの細長いビニール製ポッドに鹿沼土を入れて育成した苗木のこと。通常、尾鷲では一般的な裸苗を使い、苗が成長を始める直前の2月〜3月の間に植栽を行うが、この伐採跡地では2種類の苗を使い、4シーズンに分けて植栽を試みているという説明を受けた。「平成28年の5月、8月、11月と、翌年の1月にヒノキのチューブ苗と通常の裸苗を植え、それぞれの成長の度合いを観察しています。チューブ苗は裸苗に比べて活着(*根付いて成長し続けること)が良く、夏でも高い活着率を見せることが確認できました。つまり、これまでは植栽に不向きとされた夏の時期でも、チューブ苗を用いることで植栽が可能になるのです」。
 苗の先端の柔らかい部分が枯れる〝枯れ上がり〟の現象が、チューブ苗では少ないことも確認。この結果を受けて、チューブ苗を利用することで季節を問わず植栽することができ、年間を通じて山林作業が平準化できるという。
 ただし、ここ尾鷲でもシカの食害問題は深刻で、チューブ苗であってもその対策に追われている。「以前ならシカも苗木の先の方しか食べませんでしたが、最近のシカは葉っぱを全部食べてしまうんです」。(髙村さん)
 これまでは、葉の先端にだけシカの嫌がる薬を塗ればよかったが、今では全体に塗る必要があり、その結果、苗木の成長が悪くなるそうだ。加えて、雨が多い地域なので、薬が雨で流されて効果も半減。そこで、シカ除けのネットで植栽地を囲うが、シカが体当たりしてネットが壊され、そこから中に入り込まないよう、忌避剤をぶら下げて対処する…という具合に、手間もお金もかかる作業の繰り返しが続いている。

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藤島斉

ただでさえ木材の低価格化が続く昨今、シカ対策に関わる更なる出費は林業にとってかなりの痛手だろう。民間の企業であれば利益を優先させるあまり、主伐を控えることも検討されるところだが、尾鷲市では毎年市有林のどこかで主伐を行っている。
「確かに主伐はコストがかかる作業です。利益を考えて主伐を控える風潮もありますが、公共の事業体である私たちは、民間の木が出てこない時だからこそ木を出して、市場に安定的に材を流すことを心掛けているのです。安いから出さないということでは、林業家も木材取り扱い業者も、皆さん廃業するしかありません。地元林業の活性化も視野に入れ、そうすることがFSCの普及にもつながっていくと思っています」。(千種さん)

 尾鷲市では市有林の主伐事業を展開するにあたり、基本となる三つの柱を立てている。その一つが千種さんのお話にもあった「地元林業の活性化」。続いて「林齢の平準化」、「公益的機能の確保・維持」と続く。林齢を平準化するためには、「主伐→植栽→育林→主伐…」という施業サイクルを回し続けることが欠かせない。仮にコストがかかり過ぎるという理由で主伐が10年間止まってしまえば、ぽっかりと10年間の空白ができてしまい、将来的に伐期が止まる期間ができてしまうことになる。どのような状況であっても常に主伐を続けるのは、将来にわたって安定して木材を出せる状態を維持するためであり、それはつまり、伝統的な尾鷲林業の技術の継承、地域の林業従事者の雇用確保にも繋がるのだと千種さんは説明する。

地元の業者が活かす尾鷲ヒノキとFSC

現在、尾鷲市内には木材市場が一つある。場内には尾鷲ヒノキをはじめ、奈良や熊野の山林から出た原木も並び、良質な国産材を求めて県外から足を運ぶ人の姿も珍しくない。そんな中、尾鷲市内で昔から木を挽き続けてきた製材所の姿も見られる。カネタ産業田中木材店もその内の1業者だ。

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藤島斉

かつて尾鷲市内には30軒を越す製材所が存在した。昭和50年代をピークにその数も徐々に減り、現在は田中木材店を含む4軒の製材所が残るのみである。同社で扱う木は6割〜7割がスギで、ヒノキは3〜4割ほど。需要のあるもの優先して挽くので割合的にはそうなるという。 同社ではFSC/COC認証のグループ認証を取得しており、尾鷲市の市有林から出てくる認証材のチェーンをつなぐことができる立場にいる。FSC材の需要は扱うヒノキの1割にも満たないとうことだが、それでも同社ではチェーンを繋ぎ続けている。

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藤島斉

「発端は尾鷲の伝統工芸『尾鷲わっぱ』を作る「ぬし熊」の四代目店主からCOC認証を取って欲しいと頼まれたんです」と、COCを取得するきっかけを話す三代目の田中俊輔さん。「市有林がFSCを取っているので、それを自分たち地元の人間が活かさないといけないという思いが今でもあります」と、FSCへの思いを語る。
 今はまだ取り扱う木材の僅か数%しかFSCのニーズはないが、COCを取得していることで、近年建て替えられた市内の保育所や保育園内の家具の材を提供することができた。

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取得していなければそうしたプロジェクトに関わることもできないでいただろう。もちろん、消費者のほとんどが認証ラベルを見て木材を選んでいるわけではないのが現状だが、逆に、FSCのマーケットについては未開拓の状態のままで、手つかずの〝伸び代〟が広がっていると考えることもできる。「FSCについてはどうやって消費者につなげていくかが課題ですね」と話す田中さんは、現在、製材所や材木店などを運営する同世代の仲間と「owase wood works」を立ち上げ、新たな感性で尾鷲ヒノキを中心とした「木」の魅力を発信している。

良いものにしたいという向上心

2003年にFSC認証を取得し、今年で16年。尾鷲市では400年続く尾鷲ヒノキの伝統を受け継ぎながらも、世界認証という新たな基準を取り入れ、着実に次のステップへと進んできた。それは例えば巨大建築として具現化する一方、植樹体験や環境教育への利用という森林イノベーション的な動きも見せている。

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藤島斉

取材の終盤に、漁業関係者が毎年植樹に取り組む「漁民の森」を訪ねてみた。植樹することで漁場を確保しようというこの森の一画に、市政60周年を記念して開催された植樹エリアがある。尾鷲市内の小学5〜6年生40数名が7000本の植樹に挑戦したエリアで、尾鷲の林業を体で覚えてもらったのだという。

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「大人がやるようには上手にできませんでしたが、仮に半分しか育たなかったとしても、植樹という作業を体験して、林業というものがどういうものなのか理解してもらえればいいのです。むしろ、高い競争率を勝ち抜いたものだけが製品になれることを知ってもらい、だからこそ丈夫で立派な尾鷲ヒノキが誕生するのだということが分かってもらえるのなら、この取り組みも成功だと言えるでしょう」。(千種さん)

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間伐によって生じる材の一部も、子どもたちの環境教育用資料として活用されており、ヒノキの葉をアオリイカの産卵場として沈める作業を尾鷲市の小学校が授業の中で取り入れている。人工的な素材で作られたものに比べ産卵に利用される率は高く、沈めた翌日にダイバーが潜って確認すると、早くも産み付けられた卵が確認できるそうだ。

 国内の林業地を訪ね歩いていると、FSCについての費用対効果について問われることがある。木材価格が低い水準を続ける中、認証費用カバーできるだけの利益を上げることができるのか、という類の質問だ。あいにくと、森林認証というシステムは木材の価格を引き上げるための取り組みではない。結果的にFSC認証材の価格が上がったという例もあるが、単純に、認証を取得すれば木材価格が上がるのかと問われれば答えはノーだ。そもそもFSC認証は、熱帯雨林の乱伐などに起因する地球温暖化など、地球環境の乱れをどうにかしようという思いの中でスタートしたものである。多くの認証取得者がFSCの理念に賛同する形で参加しており、尾鷲市もまた同様である。
「この16年間、次の世代の子供達のためにもFSCの理念に沿ってやっていくべきだろう、という考えを関係者一同で共有しながら取り組んできました。国際的な舞台では今後ますますFSCのような理念を持った材が求められるでしょうし、少なくとも現代は、それがどこから出てきたものであるかというトレーサビリティーが求められる時代です。そんな国際的なニーズに対し、尾鷲の材は応えることができるのです。」(千種さん)

 地域の中に「常により良い森林を作っていこう」という意識があり、一人ひとりの心の中にそうした土壌があったからこそFSCにたどり着き、更にもう一つワンランク上の森を目指そうと、FSCに取り組んできた尾鷲の林業地帯。

「生産性やコストのことを考えたら、もともと尾鷲ヒノキは価格競争では勝負にならないのです。ではどうしたら生き残っていけるかと考えた結果が〝希少価値〟であり〝付加価値〟としてのFSCという冠でした。」(千種さん)

 この16年の間に国内のFSC認証取得数も増え、広大な認証面積をもつ企業や自治体も現れた。こうした動きを千種さんは、FSCの理念が周知されるのなら良いことだと歓迎する。「自分たちの中だけでFSCの理念を持っているのではなく、周囲に発信し、周りが同じ目線になってくれることが重要です。FSCの本部も全世界に広まることを目標にしていると思いますし、世界中に広まってもらわないと地球環境は守れません。FSCに賛同する人が増え、尾鷲市として情報提供する機会が増えれば、尾鷲ヒノキのPRにもつながりますしね」。

「いいものだ」と言われても、根拠がなければ人はなかなか動かない。適正に管理された森林で、そこから出された木材は認証材だと認められている。説得力としてはそれで十分だと千種さんは話を締めくくった。来たる日に備え、やれることをやってきたこれまでの積み重ねが、現在の尾鷲の姿である。製材所で見た、丸太の中から現れた赤みを帯びた尾鷲独特のヒノキの色を思い出しながら、続けることの重要さを知った1日だった。

文:藤島斉
※この記事は、2017年に行った取材をもとに再構成したものです。

基本情報

【名称】
尾鷲林政推進協議会 おわせ森林管理協議部会

【所在地】
〒519-3696 三重県尾鷲市中央町10-43

【主な樹種】
ヒノキ

【取扱製品】
原木

【問い合わせ】

関連CoC認証取得者

【名称】
森林組合おわせ

【所在地】
〒519-3408三重県北牟婁郡紀北町便ノ山200

【取扱商品】
原木、建材

【問い合わせ】
電話番号:0597-32-0275
ウェブサイト