平均年齢39歳という森林組合がある(2015年7月現在)。北海道上川郡下川町の下川町森林組合がそれだ。全国的に跡継ぎ不足で世代交代が心配される林業界だが、同森林組合で通年雇用する21名の従業員はいずれも働き盛りの面々だ。しかも、従業員21名中18名が町外からのIターン者だというからさらに驚く。一体、下川町の林業にはどんな秘密があるのだろうか。
道内有数の林業地だった町の選択
旭川空港から北へ約100km。車で2時間ほど走ると、伐期を迎えたカラマツと、比較的若いトドマツの森林が広がる下川町にたどり着く。かつては鉱山の坑木用材、つまりトンネルの枠に利用する材の生産を目的に植林されたこの町の山は、現在、梱包材や荷物を運ぶパレット用の材、集成材用のラミナー材などを主に生産している。
町の面積の約90%が山林で、そのうちの約8割が国有林という下川町は、かつて国有林の営林署が2つあったほどの林業地だった。もともと町有林を数百haしか持たない町だったが、昭和20年代後半ごろから国の払い下げを度々受け、現在は4700haの町有林を持つ町になる。古くから林野庁と係わってきたこともあり、十数年前、下川町周辺に点在していた営林署が統合されたときも、上川北部森林管理署として下川町に置かれることになった林業にゆかりのある町だ。
そんな“林業の町”下川町が2003年、FSC/FM認証を取得した。当時国内では、海外での森林破壊や違法伐採材が注目され、木材生産主眼を置いた国内の林業基本法が、「環境」というキーワードの盛り込まれた基本法へと改正された時期だった。「そうした背景もあって、もしもこの町の林業が衰退したら、この町がなくなるのではないかという危機感が自治体や町民の中で生まれました」と話すのは、下川町森林組合事業部長の片岡徳之さん。「そこで、下川町をはじめ森林組合や商工会、木工所、学校連合、道の出先機関、消費者などが集まり、『下川小流域管理システム推進協議会』を立ち上げて、下川町の林業をこの先どうするか考えることになりました」。
ちょうどその頃、国内ではFSC認証というものが西日本方面で認証取得に向けた動きが始まってきたタイミングだった。講習会や講演会を通じて森林認証についての情報を収集して、協議会で話し合いを進める中で、地域の林業が適正な国際ルールの下で展開していかないと通用しないのではないかという話になりFSC認証取得に取り組むことになった。
FSCへの期待と現実
認証取得に取り組むにあたり最初に持ち上がった問題が、どこの森林を認証林にするかという問題だった。「当初、町有林と私有林だけで認証取得を進めようという話もありましたが、下川町は国有林も一体だという声が上がり、結局、森林組合が管理する私有林、町有林、国有林の三者でグループ認証を取ることになりました」。グループ認証当初74haだった国有林は現在500haに拡大され継続して下川町のFSCに参加しており、この500haの国有林で作業が発生したときは国有林の規定だけではなく、FSCの原則と基準にも照らして適正な施業が行われている。
一方、思い通りの賛同をなかなか得られなかったのが私有林だった。「FSCについてのパンフレットなどを作って説明したのですが、最初の呼びかけに応じてくれたのは700haほどだったと思います」。日本にFSCが入ってきてまだ間もなかったこと、さらに北海道内ではまだFSC認証を取得したという実例がなかったこともあり、森林所有者の同意を得るのは簡単ではなかったと、片岡さんは当時を振り返る。
「もうひとつ問題になったのが、審査費用を誰が負担するのかということでした」。将来的にFSCのマークを付けて100円でも500円でも高く売りたいという想定の中で取得計画を進めていた森林組合では、所有者にも費用を負担してもらうことを考えていたという。最終的には森林所有者に1haあたり500円の負担をお願いし、そのかわりに山の管理はFSCの原則と基準に合わせて森林組合がしっかりやることを約束。林業経営に前向きな森林所有者の山を中心に、ようやく2000haの森林で認証取得を果たしたものの、FSCのマークで材価が上がることはなく、通常の木材価格自体が低迷して現在に至っている。「現在、私有林分の審査認証費用はすべて森林組合が負担しています。森林の整備はFSCの基準で行い、山から出てくる材にはFSCのマークを付け、川下側が「高くても認証材を使おう」という方向に向かっていくことに期待しています。」。
町ぐるみの秘策
2000haから始まった下川町のFSC認証林は、現在、7400haにまで広がっている。これまでにFSC材であるという理由で価格が上がったことはなかったというが、どのように私有林の所有者にグループ認証参加への同意を得てきたのだろうか。片岡さんは「それには山主にメリットを見せることが重要」だという。
「FSCに期待していた材価のアップが見られない以上、何か別のメリットがないと山主の方は“何だお前ら金ばっかりとって・・・”ということになります。そこで下川町では、FSCの森林であれば森林整備事業を実施する際に、補助金を差引いた自己資金の半分を補助しますという町独自の助成金制度を作りました」。
片岡さんの話では、木が売れなくても自分の山はFSC認証の山なんだという高い意識を持ってもらわないとFSCから離れていってしまうので、材価が上がらなくてもFSCのメリットにはこういう点もあるのだと分かるようにしたというのだ。
「例えば認証林ではない山で作業をするとき、その山の所有者にグループ認証に参加すればFSCの基準で手入れをして、施業の費用には町から助成金が出ますよと説明する。すると直ぐに同意書にサインしてくれるのです」。
10年ほど前から始まったこの下川町独自のFSC支援事業のおかげで、私有林の所有者は少ない自己負担で森林の手入れを行なうことができるようになっているそうだ。この制度の甲斐もあり、現在でもFSCへの参加はふえており、森林組合が生産する材はすべてFSC材になっているという。
しかし、これだけの手厚い補助制度を整備するだけのメリットを、町として見出せるものなのであろうか。この問いに対して片岡さんは、下川町全体の森林整備が行き届くことがメリットだと言い切る。「整備が進めば下川町全体の木材蓄積量が上がっていきます。仕事も増えますし、それは森林組合で人を雇用できるということにもつながります」。つまり、雇用が生まれれば新たな消費や納税という経済が生まれ、巡りめぐって最終的には自治体にお金が戻る仕組みになるのだという。確かにそのとおりである。
「また、町有林だけでFSCをやろうとしたら、自由に施業できるフィールドが4000ha強しかないので5年、10年とやっていくうちに作業するところがなくなってしまいます。しかも、私有林の所有者の方が積極的に山の手入れをするかといったら、現在の木材相場ではなかなか難しく、自主的に山に手を入れようとする所有者は3割~4割がいいところでしょう」。
林業は手を入れ続けることが不可欠だ。今やっておかないと将来の下川町の林業が成り立たなくなってしまう。そのためには山の手入れが必要で、山に手を入れるためには腰の重い山主をその気にさせる制度が必要なのだ。実際、山主の方に各種の補助金制度の説明をすると、持ち出しが少ないならやるよということになるケースが多いという。「助成制度は将来の下川町への投資です」と片岡さんは説明する。
一にも二にも山作り
林業を中核に置き、自治体と一体となって展開する下川町のFSCだが、今後はどのような展開を考えているのだろうか。現在、下川町では、50年〜60年生の木を伐っては新たな木を植えるという作業を繰り返しているが、片岡さんはあるとき作業をしながら、ふと何でこんなに50年生の木ばかりあるんだろうと思ったそうだ。「冷静に考えてみると、伐期を迎えている目の前の木は、50年前に誰かが植えてくれていたからここにあるのだと改めて気づきました。自分たちの爺さんの代が植え、次の親世代が間伐など手入れをしてくれていて、今いちばんおいしいところを自分たちがやらせてもらっている。感謝の気持ちと同時に、将来に対しても50年後にこうした山を残さないといけないという思いが湧いてきますね」。先人たちの働きがあったからこそ、現在の自分たちの生活があることを実感したという片岡さん。先人たちの努力が見えるからこそ、50年後のために未施業の山を極力残さないようにしないといけないと強く感じるという。
連綿と続いてきた下川町の林業を再認識し、今後もさらに林業、林産業にかかわる人を増やして雇用を増やそうと考える下川町では、木にかかわる新たな事業の展開を進めている。その一つが、役場をはじめとする町の施設のボイラーを重油から木質ボイラーに変更する取り組みだ。林業の中で出てきた未使用の木質燃料を有効活用するこの事業により、下川町では年間1500万円の節約を達成。節約分は子供の医療費や学校給食の助成に回すなど、さらに経済を動かす仕組みを作り出した。さらにバイオマス発電も検討されており、そこからで出てくる副産物の熱を企業や一般家庭に供給する計画も進行中。電気代や灯油代など、これまでは町外に流れていたお金を町内に落とすことで、さらなる経済活動を下川町の中に作り出そうと着々と準備している。
「こうした色々な事業が展開できるのは、土台となる山がしっかりしているからこそ可能になるのです。山をしっかりやっていれば雇用も生まれて、山も循環し、林地残材も出てバイオマスなどにも対応できる。『植えて伐って育てる』を繰り返していけば下川町全体の中では回っていくので、可能な限り町内の森林に手を入れていきたいですね」。
林業を中心に展開する下川町の様子を“株式会社下川町”と表現してみせる片岡さんだが、山に手を入れれば入れるほど町の将来の可能性が広がることを実感している片岡さんは、さらに多くの山がFSCに参加してくれることを望む。
「50年前に植えられた木に、さらにFSCという付加価値がついて山の所有者が『メリットがあるね』と思ってくれれば、もっと山に投資してくれることになると思うのですが…」。
FSCという名前があるにもかかわらず、FSCがもつはずの本来のメリットを見い出せないというのが歯痒いところだと片岡さんは話していたが、そこをどうするかがこれから下川町森林組合がクリアしていかなくてはならない課題なのだろう。一方で、下川町で林業を生業として暮らしたいと問い合わせてくる人は全国から後を絶たない。FSCを基準とした山作り、その山を基盤とした町づくりを行う下川町。下川モデルとも呼べるこの町の取り組みが全国に広まったらどれだけすばらしいだろう…。FSCが関わる新たな社会を見た気がする取材だった。
文:藤島斉