2005年7月、12の市町村が合併して新たな浜松市が誕生した。2007年には政令指定都市となった〝新生〟浜松市は、浜松駅を中心した都市部と、南アルプスにつながる北部の山々が共存する、国内最大級の面積を誇る政令指定都市として歩み始めた。 市町村合併に伴い、一つの市に6つの森林組合が共存するという全国的にも稀なケースとなった浜松市。山の管理や施業方法が少しずつ異なることもあり、組合同士の〝住み分け〟が上手くできるか心配されたが、FSCという共通のテーマがあるおかげで、大きな混乱もなく組合同士の連携はうまく機能している。
2010年、浜松市の6つの森林組合と浜松市、静岡県、国(天竜森林管理署)、天竜林業研究会(林研)で構成される天竜林材業振興協議会では、FSC/FM認証を取得。18,400haの認証林が誕生した。認証林はその後も面積を拡大し、現在では市町村別の取得面積としては国内最大の広さとなる43,553haの森林がFSCの認証林となっている。
「時期尚早」と見送ったFSC認証
このFSC認証取得に際して中心的な役割を果たしたのが、天竜地区の自伐林業家で構成された天竜林業研究会だ。昭和30年ごろから林業の質の向上をテーマに新たな林業のスタイルを模索してきた同会では、浜松市の合併の話が出る以前からFSC認証について勉強を重ねてきた。 「三重県の速水林業が日本で初のFSC認証を取得して間もなく、代表の速水さんが天竜に講演に来てくれたのがFSC認証との最初の出会いだったと思います」と話すのは、天竜林業研究会の鈴木耕治さん。会の中では認証取得に取り組むかどうか検討が行われたが、「FSCの認知度、コスト面、さらに仮に取得してもFSCをどのように使っていいかが分からず、地域に浸透させるのは難しいだろうという判断に至り、天竜ではまだ早いということで先送りにすることになりました」と、会としては時期尚早だと判断した経緯について話す。
その後、国内でも認証を取得する企業や自治体が増えはじめると、林業研究会でも認証取得の話題が再燃する。この頃になると、国内にはFSCとは異なる日本生まれの認証制度が誕生しており、林業研究会ではどちらの認証制度を選択するかが問題となった。 「日本か世界か、どちらを選ぶかというところで、〝世界を視野に〟という夢をみてしまいましたね」。視察などを繰り返して検討を重ねた結果、林業研究会はFSC認証取得に取り組むことを選択する。
市町村合併という大きな動き
林業研究会が森林認証の取得を検討している頃、浜松市と周辺の市町村では市町村合併という大きなプロジェクトが動き始めていた。「合併に伴い、浜松市として森林をどのように活用していくか計画を立てる必要があり、天竜林業研究会のみなさまには森林の施業マニュアル作りなど、サポート役として協力していただきました」と、浜松市産業部林業振興課の藤江俊允さんは当時の様子を振り返る。
こうした背景の中でFSCの認証取得へと動いていく林業研究会だったが、FSC認証を林業研究会の会員の山だけで取得するのか、浜松市内全体の森林を対象に取得するのかという新たな問題が生じる。もともとは林業研究会で取得を検討していたFSC認証である。対象の森林を一気に浜松市全域に広げてしまった場合、規模が大きくなり過ぎて管理しきれなくなる恐れがある。ただその一方で、規模が大きい方が木材の大量発注にも対応できるという強みもある。こうした二つの思いがせめぎ合うなか、浜松市が「浜松市森林・林業ビジョン」において、森林認証の取得を表明。各森林組合もこれに合意し、関係各位が一丸となって浜松市全域の森林を対象に認証取得を目指すことになった。
現代の森林管理にも適合する伝統の林業
2010年3月、浜松市天竜区と、その西方に隣接する北区引佐地域の森林18,400haがFSC認証を取得する。林業研究会の鈴木さんは認証に伴う作業を振り返り、「FSC認証の審査は、自分たちのこれまでの作業の再確認だった」というが、さすがは500年に渡って植林と育林を繰り返してきた天竜材の産地である。森の様子をひと目見れば、奈良の吉野、三重の尾鷲とともに日本三大人工美林の一つとして称賛されるのも頷ける。
各森林組合間の連携もスムーズに行われ、むしろ合併後はそれぞれの山で行われていた良い点を積極的に取り入れるなど、全体的に質の向上につながったという。個人所有の山林を伝統のやり方で丁寧に管理する自伐林家と、組合員の山林を集約化して効率よく施業する森林組合との出会いは、FSCという共通の目的を持つことで互いを高め合う結果となった。
50社を超えるCOCが繋ぐFSCのチェーン
浜松市のFSC認証でさらに特徴的なのが、市内に点在するCOC認証取得事業者の数だ。製材業、建築業を中心にその数は50社を超え、浜松市で生産されたFSC認証材のチェーンを繋いでいる。
「木材が高く売れるという価値がFSCにはあるかもしれませんが、林業家や組合同士の横のつながりに加え、林業家と製材・加工業者という縦のつながりが生まれました。木に関わるものが同じテーブルに着いて議論できること、それこそがFSCのメリットではないでしょうか」と話す天竜林業研究会の熊平智司会長。これまでなら原木市場で会っても挨拶を交わす程度の仲だった相手が、今では共に相談をしながら事業を進める関係にまで深まっている。FSC取得以降、異なる業種間に横たわっていた見えない垣根が低くなり、つながりが強くなったと関係者は口をそろえて言う。
約43,500haのFM認証林と50社を超えるCOC認証取得者、この両者が揃うことによって全国屈指のFSC認証材供給体制が整った浜松市だが、次の課題は木材を使うことだという。
「FSCの基本はあくまでも山です。山の管理をきちんとしないと本末転倒なことになります」と話す鈴木さん。「植える、育てる、伐る、使う」、山の管理に必要なサイクルは、どれが欠けても回らなくなる。そのことを伝えるため浜松市では積極的なPR活動を展開。日本最大の住宅・建築関連展示会「Japan Home & Building Show」などに出展して浜松市のFSC認証材をPRする一方、浜松市内の小学校にFSC認証材で作成した机と椅子を導入し、森林組合の協力を得て「木育講座」を行うなど、FSCの普及と啓発活動にも積極的だ。
品質を証明する巨大事業
そうしたなか、2015年4月に竣工した静岡県の「このはなアリーナ(草薙総合体育館)」は、質と量に対応できる“木材都市浜松”のイメージを県の内外に大きく印象付けた。2,500トンの鉄骨屋根をスギの集成材で支えるという特殊な構造が採用されたこのアリーナでは、強度が高く、等級の揃った木材が不可欠だった。そこで、天竜木材産地協同組合を中心に15社の製材工場が協力。屋根を支える256本(約840㎥)の集成材が用意されたが、その8割が浜松市の認証材が利用された。
長さ14mの集成材を作るために必要なラミナ用板は実に40,000枚。これを納入した業者のほとんどがFSC/COC認証を取得している。関係業者は、アリーナ完成後、更なる天竜材(FSC認証材)の販路拡大を目指し「天竜材水平連携協議会」を立ち上げた。こうした企業の動きは、FSC認証材を必要とする国内外のユーザーにとって大規模需要にも応えられる“あてになる供給元”として記憶されることだろう。
2015年10月には浜松信用金庫於呂支店の新店舗が、FSCプロジェクト認証制度を適用。全国の金融機関として初となる「FSCの店舗」としてオープンするなど、まだまだ勢いの止まらない浜松市のFSC認証事情。優良で豊富な森林資源を育てる技術に加え、加工と流通という能力をあわせ持つ街が今後どのように発展していくのか楽しみだ。
文:藤島斉
基本情報
認証の詳細については名称をクリックいただくとご覧になれます。
【名称】
天竜林材業振興協議会
【所在地】
〒430-8652 静岡県浜松市中区元城町103−2
【主な樹種】
スギ、ヒノキ
【問い合せ】
- 電話番号:053-457-2159
- メールアドレス:shinrin@city.hamamatsu.shizuoka.jp
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