2003年4月、山梨県が保有する県有林が国内の公林として初めてFSCのFM・COC認証を取得した。認証林の面積は14万3000ha(県有林の総面積は約15万8000ha)。県土の78%を占める山梨県の森林の46%という広大な面積は、認証取得当時はもちろんのこと、現在でも国内では群を抜いている。当時、すでに国内にはFSC認証を取得している森林があったが、これだけの規模の森林を認証した例はなく、広大さゆえの苦労も多かったことだろう。今回のレポートでは山梨県を訪れ、認証の取得からその後の取り組み、さらにFSC認証製品の舞台裏などについて話を伺った。
恩賜林から始まった県有林の歴史
山梨県内に広がる総面積約15万8000haの県有林。現在の光景からはなかなか想像できないが、今から100年ほど前、明治時代の山梨県内の森林はひどく疲弊していたという。本来、緑豊かなはずの森林は燃料などの需要に応えるため過剰に伐採され、一部では盗伐も横行。植林も進まず山が疲弊していくなか、明治の末期には相次いで山崩れや大水害が発生。県民は大変苦しい生活を強いられていた。こうした山梨県の惨状を知った明治天皇は、復興に役立てるようにと山梨県下の御料地のほとんどを山梨県に御下賜(ごかし)された。
現在、県土の約1/3を占める県有林は、このときに御下賜された「恩賜林(おんしりん)」がもとになっている。このような経緯もあり、県土の保全と木材生産を二大柱にして管理経営は進められ、その後は経済発展に伴う木材需要に応えるべく、昭和30年代には年間約30万m3の木材を供給するまでの森林になった。
昭和40年代以降、木材需要が減少し、森林に対して自然環境の保全、保健休養の場の提供等の公益的機能の拡充に対する国民的需要が高まってきたことから、山梨県では昭和48年に「県有林野の新たな土地利用区分」を制定。県有林を公益林と経済林に区別して、昭和58年以降には別荘地やスキー場等として県有林を利用する高度活用事業を展開するようになる。
その後、時代が昭和から平成に移っても県有林は〝二大柱〟によって引き続き管理され、平成15年(2003年)に山梨県有林はFSC認証を取得する。先人たちの手によって丁寧に管理されてきた県有林には、認証取得によって「世界標準」という新たな視点が加わり、第三者による客観的な評価においても適切に管理されている森林であることを県の内外に示すこととなった。
〝環境ブーム〟という時代が後押ししたFSCへの道
御下賜されてから100年以上に渡り、大切に守り育てられてきた山梨県有林。時代が進み、経済林としての活用も広がっていくが、その材は木曽檜や秋田杉のように全国に名前が通っているわけではなかった。そこで、全国の銘木にも引けを取らない山梨県の木をブランド化していこうという声が上がりはじめる。奇しくも時代は『環境』というキーワードが叫ばれる時代に突入。
〝環境首都山梨〟としての展開をにらみつつ、「環境」という部分で新たなブランド化ができないかと模索するなか、FSC認証と出会うことになる。
ちょうどその頃、全国規模で行われていた「モデル森林の推進に関する国際ワークショップ」が山梨県で開催され、翌年、同じく山梨県を会場に全国植樹祭が開催された。その席上、山梨県からのメッセージとして〝持続可能な林業経営〟という内容を宣言するかたちとなり、これを機にFSC認証の取得への準備が一気に進むことになる。
ただし、なにせ広大な面積である。県有林に関わる部署も多く、認証取得に取り組むまでの意思決定には難航はしたものの、議会や関係者各位に丁寧な説明を重ねながら理解を深めてもらい、最終的には知事からも認証取得へのGOサインがでた。国内ではすでにFSC認証を取得している森林もあったが、14万3000haという大規模な森林を認証した例は国内にはなく、ほとんど手探り状態で準備を進めていったそうだが、最終的には庁内の連絡会のようなものを組織してそのなかで意思統一を図りながら進めていったという。
50社以上が関わる大所帯
現在、山梨県有林の管理は、県有林全体を4つの事務所で分担し、計53社の請負業者が関わりながら管理をしている。あらためて桁違いの規模の認証林であることがわかる数字だが、53社という大所帯をまとめ、FSCの基準に沿って森づくりを進めるのは簡単なことではないだろう。県の森林環境部県有林課の山田秋津課長は、「最初の頃は請負業者を集めて研修会を開いたりして調整が必要でした」と、当時の様子を振り返る。
林業の現場では、作業方法や装備、服装などがそれぞれの現場で慣例的に行われているケースが多い。FSC認証の取得に伴い、山梨県では各現場の安全基準を一律化するために、ILO(国際労働機関)の基準を参考に独自の基準を作成。森林管理に関わる全ての請負業者がこの基準に沿って施業することで安全を確保できる仕組みを作った。
ただし、FSCの現場ではよく耳にする話だが、新たな基準を導入した当時は各請負業者の新基準への評価は不評だったという。「夏の暑さの中で分厚い防護服を着ていたらぶっ倒れてしまう、といった声も多かったようです。それでも体を守るために必要であると説明を重ねて理解をしてもらいました」と話す山田課長。山梨県といえば、夏季には国内有数の最高気温を記録する地域である。昔から林業に携わってきた人にとっては、暑くて重い安全ズボンやチャップスの着用に難色を示すのも無理はない。それでも事故を未然に防ぐためであることを丁寧に説明した甲斐もあり、現在では各請負業社全員がしっかりと理解して取り組んでいるという。興味深いことに、若い作業員たちの間では身体を守らなくてはならないという理解が進み、最近では指定された装備を付けていないと怖いという声も聞かれるようになったそうだ。
認証のチェーンをつなぐ
広大な面積をもつ山梨県有林だが、その分布を見ると多くが標高の高い地域を占めており、樹種の比率はスギよりカラマツの方が多い。ひと昔前まではスギやヒノキよりも安価だったカラマツだが、現在は集成材や合板として利用されるようになって用途も広がり、ロシア材の代替材としても需要が伸びている。
こうした背景の中、山梨県では認証を前面に出して、FSC/COC認証のチェーンをつなぐ取り組みにも力を入れている。現在行われている「やまなし提案型システム販売」もそんな取り組みの一つだ。これは、素材業者、加工業者、流通業者などにグループを組んでもらい、東京オリンピック・パラリンピック関連施設や木造公共施設などで、どれだけの量の木材を、どのように使うかを県に提案。優れた提案であれば協定を結び、そのグループにFSC認証材を販売するという仕組みになっている。FSC認証はCOCのチェーンをつないでこそ県産材のブランド化が確立されていくと県では位置づけており、FSC/COC認証取得者に優先して材を供給している。
また山梨県では、CoC認証を取得した事業者によって生産されるFSC認証材製品を登録し、認証材製品づくりに意欲的に取り組む事業者を支援する体制を整えている。登録された製品は各種の展示会会場で紹介され、こうした販売促進活動を通じて県有林材のさらなる需要拡大を図ろうというのが狙いだ。認証材製品の募集も行っており、既存の認証製品の中には、グリーン購入大賞の優秀賞、カーボンオフセットの奨励賞、山梨県内の環境賞の若宮賞などの賞を受賞した「やまなし森の紙」「やまなし森の印刷紙」(やまなし森の紙推進協議会)もあり、山梨県発のFSC製品の普及にひと役買っている。
「やまなし森の紙」
複数の賞を受賞し、各方面で高い評価を得ている「やまなし森の紙」。製品化のそもそものきっかけは、「FSCが普及するよう、誰もが手にするようなものに県のFSCマークを付けた製品を作って欲しい」という県有林課からの依頼だった。
「紙の原料となるチップをどのように運搬すればいいのか、それすら分からない状態からのスタートでした」。製品の誕生当時の様子を、やまなし森の紙推進協議会の藤川明子事務局長はそう振り返る。
その後も手探り状態は続いたが、県有林の中に眠る未利用材や端材などを青森県の三菱製紙八戸工場まで運ぶルートを開拓し、認証紙であれば他の製品とも競争できる価格帯での製品化に成功。古紙配合率70%の紙でありながら、グリーン購入法の総合評価では90点という高い評価を得るなど(通常は80点が基準)、業界最高レベルの製品が誕生した。
近年、グリーン購入法の採点に関しては、FSCのチップを使っていることで点数がプラスされるが、環境関連の評価においてFSC認証がプラス評価の基準のひとつとして扱われるケースは今後も増えていくことだろう。
製品に対するユーザーからの評価も上々で、通常の再生PPC用紙より白色度が高いことからカラーの写真を印刷するのに適しているという声や、学校関係から試験の用紙として利用したいと指定されることも多いという。
また、納入されたやまなし森の紙の仕分け作業には就労施設のスタッフが関わっており、取材に訪れたこの日も倉庫内で製品にラベルを貼る作業をこなしていた。同協議会の藤川事務局長は障害者の雇用創出にも尽力しており、山梨県内の就労施設を取りまとめる共同窓口カンパニーを設立。すでに県内174箇所の就労施設に対して作業を委託できる環境を整えている。
年間出荷量6万m3のFSC材
未利用材を有効活用したFSC認証材製品が誕生した山梨県だが、実は山梨県では現在、年間で約6万m3のFSC認証材を出荷している。その大部分が合板やLVL(単板積層材)、集成材などとして建築物に利用され、なかでも大手コンビニエンスストア「ミニストップ」が取り組む店舗の木質化の材として多くのFSC材が提供されている。2009年に国産FSC認証材を活用した一号店を出店して以来、現在で200店舗を超える店舗がFSC認証材で作られている。
早い段階からCOC認証を取得し、ミニストップのプロジェクトに関わってきた山梨中央林材株式会社の平田譲代表取締役は、「大手の企業が動いてくれたことでようやく流通の流れができました」と、県内のFSC材に関わるこれまでの経緯を説明する。「認証を取った当初はFSC材はなかなか売れず、お隣の長野県は早々に認証を返還していました。その後しばらくは様子見の状態が続きましたが、ミニストップのお話をいただき、県に協力をいただきながらFSC認証材を供給するという現在の流れができました」。
平田代表の話では、他県の木材と競合するときでも、FSC認証があることで山梨県産材に有利に働いたことが2~3年続いたそうだが、「有利に働くためには、結局、FSC認証材を使いたいというお客さんがいてこそ」だという。
質よりも量という現実
「認証材を使いたいという話があっても、必要な量を安定的に供給できなければそこで話は終わってしまいます。簡単なサンプルを作るくらいの量では製品は作れませんし、規格化して製品化し、消費者に販売するためには、大量の木材供給が必要です」。
それができないのなら既存の材でいいということになってしまう、と平田代表は話を続けるが、実際に業者からは「長野県や群馬県ではこのくらいの量の木材を出してくるが、山梨県は出さないのか」という話になることもあるそうだ。そこには山梨県のFSC認証材という質や付加価値よりも、どのくらい出せるのかという「量」の方が重要であり、必要な量が用意できなければ、他で調達するということが現場では起きているという。
為替の変動によっては、外国産材から国産材へと需要が変わることもあり、「2週間で供給できないのならもういらない」と、スピードが重要視される業界でもある。それゆえに平田代表は、いつでも安定的に材が出せる環境を作るのと同時に、同業者との連携も取り、木材供給の安定に努力を惜しまない。
森づくりの難しさ
実際、過去にはとても対応できる量ではないことを理由に、材の提供を断ったこともあるそうだ。これだけ広大な森を有していれば木などいくらでもありそうなものなのだが、ことはそんなに単純ではない。先にも紹介した通り、県有林の多くは標高の高いエリアにあり、林道の整備が終わっていない地域も多い。また、皆伐面積については、最大10ha、土砂流失防保安林などは最大5haまでという決まりや、連続伐採を防ぐために防護樹帯を確保しながら計画的に伐採することが決められているので、サイズの良い木があるからといってどこでも自由に伐ることができないのだ。
また、木の特性という問題もある。現在、山梨県ではカラマツの造林地を1ヘクタールあたり2200本にとどめている。スギやヒノキのように3000本まで植えてしまうと込み合いすぎてしまうというのだ。また、見た目は真っ直ぐに伸びているように見えても、実際に伐ってみると曲がりが強く、間伐のタイミングを逸すると良い木が育たないのだという。
「カラマツの場合は、土の養分と上空の空間の取り合いで、これに負けたものは淘汰されてしまいます。こっちに直径50cmの木があると思えば、こっちは20cmのものがあるという状況がおこり、決まった規格である程度の量の材を出そうとすると、期待する量までいかないという難しさがあります」と、カラマツ林の管理の特殊性を説明する平田代表。スギ・ヒノキ林以上に手入れの仕方で山が全く変わってくるので、木のサイズが均等になるように手入れをしているそうだ。
今回の取材中、平田代表が手入れをするカラマツ林をご案内いただいたが、同じ針葉樹でもスギ・ヒノキ林とは異なり、優しい表情をした森林という印象を受けた。カラマツ林は生物の多様性が高いと言われるが、光の入る林床には広葉樹と同じように多様性のある植物が生え、いろいろな生き物が生息できる条件が整っているように見える。ただ、素人目には十分に樹間スペースがあるように見える林内も、平田代表曰く「これでも少し混んでいる」そうで、今後も適切な間伐ができるように計画のなかで位置付けているという。
未来のビジョン
2020年に開催予定の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に絡み、最近では「認証材」という言葉がメディアに登場することも珍しくは無くなった。そうしたなか、山梨県では今後もFSC認証材を販売しつつ、多くの実例を挙げながらFSCについて広くPRしていきたいと考えている。あらためて言うまでもないが、山梨県の場合はそもそも県有林をしっかりと管理してきたからこそFSC認証を取得することができ、その先の多くの事業に結びついている。県としても県有林での取り組みを参考に、民有林にも追随してもらえるように最前線で取り組みながらこの動きを広げていきたいと考えているそうだ。つまり、県有林=模範林という考えだ。
実際、山梨県がFSC認証を取得した後、その動きに同調するように民有林が認証を取得した例もあり、最近ではFSC認証について理解を示す業者や個人が、積極的にCOC認証を取得するというケースも増えてきている。
山梨県では今後、年間7万5千m3の材の供給を新たな目標として計画を作った。実例が増えれば増えるほど、他者の追随も増えることだろう。そうなれば山梨県以外のエリアにもこうした動きが広まるのではないだろうか。あるいは、近い将来、山梨県有林が全国の模範林として位置づけられる日がくるかもしれない。今後の展開が楽しみでならない。
文:藤島斉
基本情報
認証の詳細については名称をクリックいただくとご覧になれます。
【名称】
山梨県
【所在地】
〒400-8501 山梨県甲府市丸の内1-6-1
【主な樹種】
カラマツ、アカマツ、ヒノキ、スギ
【取り扱い製品】
丸太
【問い合せ】
山梨県 森林環境部 県有林課
電話番号:055-223-1654
関連CoC認証取得者
【名称】
株式会社キーテック
【取り扱い製品】
針葉樹合板、LVL(単板積層材)、木杭
【問い合わせ先】
電話番号:03-5534-3471
ウェブサイト
【名称】
やまなし森の紙推進協議会
【取り扱い製品】
コピー用紙、木製食器、木製遊具
【問い合わせ先】
電話番号:055-288-8313
ウェブサイト
その他、山梨県が発行しているリーフレット「やまなしの森から生まれるFSC認証材製品」にも多数FSC認証製品取扱企業が掲載されています。