何世紀にもわたり、和太鼓の魂の響きは、日本文化の深層に息づく祖先たちの精神を伝えてきました。伝統的な式典や儀式で奏でられる太鼓の荘厳な音色は、五穀豊穣への祈りを捧げ、自然の恵みへの畏敬の念を表現しています。
1861年の創業以来、宮本家は、和太鼓をはじめとする日本の祭り道具を、脈々と受け継がれる伝統技術によって作り続けてきました。激動の時代、戦争や平和、災害や急速な経済発展といった歴史の波を乗り越え、8代160年以上にわたり、宮本卯之助商店は、日本で最も誉れ高い祭礼用具メーカーの一つとしての地位を確立してきました。
2010年頃、宮本卯之助商店の舵取りを引き継いだ宮本芳彦氏は、創業当初から受け継がれてきた「義を重んじる、正しいことを行う」という社是を大切に守り続けています。それは、義を重んじて利を後にする、揺るぎない信念であり、宮本氏にとって、楽器としての価値と職人技の両面において、先祖代々受け継がれてきた遺産を正しく後世に伝えることを意味していました。
宮本卯之助商店では、約30種類の太鼓を製造していますが、大きさの違いを考慮すると、その数は100種類以上にものぼります。それぞれの太鼓には、その特性に応じて、ケヤキ、スギ、竹など、厳選された多様な素材が用いられます。木材の加工方法も、一木からくり抜く製法と、板状に加工した木材を張り合わせて接合する製法があり、いずれも熟練の職人技が光ります。
「私たちは、一過性のすぐに消費される製品ではなく、長く愛用され、修理を繰り返しながら世代を超えて使い続けられる、真に価値のある製品を生み出したいのです。」
自然との調和
宮本氏は、太鼓が日本文化において、自然と密接に結びついた神聖な役割を担っていることを深く認識していました。そして、その認識は、太鼓の技術を育んできた森を守る責任へと繋がっていきます。伝統的に太鼓の素材には、ケヤキやスギといった、緻密で堅牢な高級木材が使用されてきました。しかし、特定の樹種への依存は、森林の微妙なバランスを崩し、生態系への負荷を高める可能性を孕んでいます。
「私たちは、高品質な素材を追い求めるあまり、長期的な環境への影響を見過ごしてきたのかもしれません。しかし本来、太鼓の精神は、人間と自然との調和のとれた共存を象徴するものなのです。」 この本質的なバランスを取り戻すべく、宮本氏は、遺産と自然環境の両立を可能にする、持続可能な木材の利用を模索し始めました。
そんな時、共通の友人を通じて、東京チェンソーズの青木亮輔氏との運命的な出会いを果たします。それは、まるで大自然が宮本氏の呼びかけに応えたかのように感じられる出会いでした。東京チェンソーズは、東京の西に位置する檜原村を拠点とする、FSC認証を取得した林業会社です。自然への畏敬の念と文化保護への情熱を共有する二人は、「森をつくる太鼓プロジェクト」と名付けた、画期的なコラボレーションに乗り出しました。
このプロジェクトでは、宮本氏が檜原の森で採れるスギなど、入手しやすいFSC認証材を太鼓の素材として採用しています。その結果、宮本卯之助商店は、太鼓製品でFSC認証を取得した世界初の企業となりました。
「太鼓という楽器の文化的意義、そして一般的に柾目の木材が好まれることを考慮すると、これは非常に画期的な取り組みです。」と青木氏は語ります。彼は、この革新的な試みが、日本の林業の未来を大きく変えるターニングポイントになる可能性を秘めていると確信しています。持続可能な方法で管理された森林の木材を使用することは、生物多様性の保全に貢献するだけでなく、地域の循環型経済の活性化にも繋がるからです。
日本人にとって、太鼓は祭りには欠かせない、生活に深く根差した楽器です。「そんな身近な楽器だからこそ、この森の木々を使って作られることに、大きな喜びを感じます。」
文化と生態系の宝庫
檜原村の爽やかな夏の朝。東京チェンソーズの森の木陰に足を踏み入れると、青木氏は語ります。「日本の国土の70パーセントが森林に覆われていると聞いて驚く人は少なくありません。東京チェンソーズの使命は、持続可能な林業と間伐によって森林生態系を守りながら、地域産材の利用拡大を図ることです。」
「ここ檜原村には、第二次世界大戦後に植えられたスギやヒノキの森が広がっています。They have matured and are ready for use,しかし、国民の認識不足もあり、日本の豊かな森林資源は十分に活用されているとは言えません。」青木氏は、豊富にある日本の森林の恵みを広く知ってもらい、利用を促進するためには、地域社会との連携が不可欠だと考えています。
森の中を縫うように続く小道を歩きながら、青木氏は、これらの小道は地域住民と森を繋ぐために、あえて整備されているのだと教えてくれました。「森をより身近に感じ、気軽に散策できるようにすることで、家族連れや子供たち、自然愛好家、そして宮本さんのような企業経営者など、多くの人が森を訪れ、森林のもたらす恩恵と可能性を肌で感じることができるのです。最終的には、森林が生命に満ち溢れた生態系、そして私たちが守り継ぐべき文化的・生態学的な宝物として認識されることを目指しています。」
青木氏は、より多くの職人が、そして社会全体が、持続可能な調達という選択をし、新たな可能性を切り拓いていくことを期待しています。
この未来志向の使命は、宮本氏の心に深く響いています。「伝統とは、単に過去を尊重するだけでなく、未来を見据えながら進化していくものです。私たちの技術や製品もまた、社会のニーズに応え、日本文化の進化と共にその価値を伝え続けていかなければなりません。」 宮本氏は、FSC認証素材のような新たな要素を取り入れることで、この不朽の精神がより強固なものとなり、さらなる進歩の道が開けると信じています。
現在、宮本卯之助商店では、製造だけでなく、太鼓教室やイベント、地域活動を通じて、太鼓の文化とその意義、そして受け継がれてきた遺産への感謝の気持ちを育む活動にも積極的に取り組んでいます。
青木氏と宮本氏は、互いに森林を守り育てていく責任を持ち、協力し合うことによって、伝統、地域社会、自然環境それぞれが世代を超えて共存し、共鳴し合うことを願っています。
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