南三陸森林管理協議会

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 宮城県南三陸町。仙台藩の藩祖、伊達政宗公の時代よりスギの良産地と知られるこの地域は、時にヒノキと間違われることもある独特な赤味を帯びたスギの産出地としても知られ、全国にコアなファンを持つ林業地でもある。近年は『南三陸杉』のブランド化に取り組み、2011年には全国林業経営者コンクールで優勝。農林水産大臣賞を受賞するも、10日後に発生した東日本大震災により住宅の7割が津波で浸水する壊滅的な被害を受け、一時活動の中断を余儀なくされた。その後、「自然と共生するまちづくり」を基本理念の一つに掲げて震災復興に取り組む中、町有林を含む複数の森林でFSC-FM認証を取得。FSCが復興に一役買っているという。その取り組みを確かめるため、南三陸町を訪ねた。

震災による意識の変化

南三陸森林管理協議会「この辺りが林齢150年の山ですね。手前に若い木、奥に古木が並んでいます。太く育つよりも縦に成長するのが南三陸の特徴です」。何度も車のハンドルを切り返し、急な林道を登りながら自社林の案内をする(株)佐久<さきゅう>の専務取締役佐藤太一氏。山形大学大学院で物理学の博士課程を修了したその足で被災直後の地元に戻り、佐久の12代目として林業の世界に身を投じた南三陸町のキーマンの一人だ。長い林業の歴史を感じさせる森林ではあるが、佐藤氏の説明どおり、樹齢150年と聞いて受ける印象ほどには太さを感じない。岩盤質で貧栄養の土壌と、降水量が少なく冬季も積雪による圧力を受けない等の諸条件によってそのような特徴がでるそうだ。結果、年輪が細かく強度に優れ、太さが均一な3〜4mの長い材を量産できるのだという。

 東日本大震災以前、南三陸町では地域の林業関係者の有志が集まって、林業研究グループ「南三陸山の会」を発足。全国各地の林業地への視察や、新しい技術の講習会などを継続的に行っていた。その交流の中でFSC認証についても情報として把握しており、森林認証という取り組みが今後は日本でも必要になるだろうと、取得を検討していたという。その後、認証に掛かる費用対効果を見出せず、取得には至らないまま足踏み状態が続いたFSC認証だったが、震災以降、それまでの利益優先だった考え方に変化が出始める。折しも南三陸町では、復興計画の柱として国の選定を受けた「南三陸町バイオマス産業都市構想」を官民共同で推進し始めたタイミング。自然の恵みを最大限に活用しながら災害に強く、安全・安心に暮らすことのできる町づくりのビジョンを打ち出し、この構想と「南三陸杉」という新たなブランドの二本柱で町を再興していこうと歩み始めていた。

 こうした背景を受け、山の会のメンバー内でFSC認証の取得について再度検討する動きが出てくる。自然・環境に対し、震災以前とは異なる新たな感覚を持つ中で重ねられた議論の結果、地域の山が一緒になって認証を取得してこそ南三陸の林業と自然に還元できるとし、「南三陸森林管理協議会」を設立。2015年10月、(株)佐久の管理山林のほか、大長林業、慶應義塾大学、南三陸町がそれぞれに所有する森林を対象にFSC-FM認証を取得。翌年には入谷生産森林組合が加入して、計1,527haのFSC認証林が誕生する。
 
「認証取得を検討していた当時は、森林管理に対する客観的な評価の必要性を説明して回っていたことを覚えていますね」と、当時を振り返る佐藤氏。「バイオマス産業都市構想にしても、南三陸杉ブランドにしても、基本となる森林の管理・運営があって初めて成り立つものです。それがなければ何を言ってもただの絵空事に過ぎません。全ての基本となる適切な森林管理が出来ているかどうか、第三者による客観的な評価が不可欠であり、その評価をしてくれるのがFSC認証なのだと関係者に話していましたね」。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 佐藤氏からの説明を受け、町長をはじめ役場の職員もFSCの理念に同意し、町有林もグループ認証に参加。計画中だった南三陸町本庁舎と歌津総合庁舎の入札要件に「FSC認証材」という項目を追加する。これにより、2017年9月、本庁舎(8,730m2)歌津総合庁舎(延べ床 1,299m2)が完成。震災で全壊してから6年半、公共建築物としては全国初となるFSC全体プロジェクト全体認証を取得する庁舎が誕生した。使用された南三陸産の認証材は、両庁舎合わせて800m3。価格競争に終始する現行の入札とは大きく異なる価値基準を、町の中心施設を通じて世界に発信することとなった。

「らしさ」を追求したブランディング作業

 庁舎という大規模な建築物に使用された南三陸町のFSC認証材だが、地産地消だけではどうしてもマーケットが限られてしまう。南三陸森林管理協議会でも認証取得に際し、製品として認証材をより広い市場に流通させていくことを想定。そのためにもFM認証と同時に、COC認証が必要であると認識していた。FMグループ認証を取るタイミングでCOC認証を取ってくれる事業体はないだろうか。その思いに応えたのが、町内で木材加工業を営む丸平木材(株)だった。(株)佐久の佐藤氏曰く、南三陸杉の製品イメージを定着させた最大の功労者だ。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 同社が一年間に消費する原木はおよそ7000m3。扱う原木のおよそ97%を地域のスギが占める。これまでは地元の工務店と協働で地域産材を活用してきたが、2008年ごろから川上側である山と連携したブランドづくりに取り組んでいた。「南三陸の木の良さを広く知ってもらうために、ブランディングが必要だったのです」と話す、丸平木材の小野寺邦夫代表。「良材の産地という歴史をもつ南三陸ですが、一体何をもって良いと言っているのか、これまでは明確に示されていませんでした。南三陸杉の特徴と魅力を具体的に示し、他の地域の材との違いを発信することはマーケットを広げる意味でも不可欠だと思い取り組んだのです」。

 ただし、ひと口にブランディングと言っても、何を基準に行えば良いのだろうか。経験的に「消費者は南三陸らしいものを求める」ことは分かっていたものの、南三陸らしさとは何なのか、何を持って〝らしさ〟にするか考える日が続いたという。「お客さんが南三陸のスギに求めるのは、他の地域にはない材特有の赤味です。この魅力を提供するためには、やはり内装材だと思い商品作りを進めました。ただ、この赤味についても濃かったり薄かったり、木によって差があります。お客さんが求める色、その要望に合った材を提供するために、丸平木材として何をしたら良いのか考えることにしたのです」。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 同社の原木置き場では、伐り出した山ごとに原木が仕分けされており、皮を剥いた後は材のランク別に丸太を保管している。最終的にはオペレーターが一本一本のどのような用途に適しているか見極めながら挽いていくが、色味の良くないものや、質の悪い節が出たときには化粧材から除外し。選別に多くの時間を費やしながらも、最後の最後で下地材に分別されることも多々あり、良材が多いと言われている山からの材であっても、最終的に化粧材として製品になるのはほんの一握りの狭き門だという。
「同じ南三陸の杉でも木によって個性があります。時には通常よりも赤味の濃い材も出てきますけど、それはそれで〝らしくない〟ので、結果的に返品されることになります。大量生産的なやり方に比べると時間は掛かりますが、お客さんの求める〝らしさ〟に答えるため、一本一本何に適しているか適材適所を考えながら挽かざるを得ないのです」。

 市場を変えられるのは消費者なのだと小野寺氏も話していたが、事業者側からのアプローチで進めてしまうとどうしてもコスト競争に走ってしまう。消費者がどの部分に対して一番思いを寄せているのか、その思いを川上側が掬い取ってこそブランディングというものは成り立つ。つまり、消費者がダイレクトに思いを伝えてくれることによって、事業者が変われることを意味する。もちろん、「らしさ」というものを一度決めたら、それを推していかなくてはならず、それはそれでしんどい事だそうだが、丸平木材が実践しているように、その手間を惜しまない姿勢によって、ブランド材というものは作り上げられていくものなのだろう。徹底した素材管理で南三陸杉のブランディングに取り組む小野寺氏、ここにもキーマンの一人がいた。

失われたコミュニティの福幸(ふっこう=復興)

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 南三陸森林管理協議会ではFSCについて、認証製品を出すこと以上に、認証材を出すことにウエイトを置いている。その考えに賛同している事業体の一つに『入谷Yes工房』がある。震災後間もなく、被災した人が交流できて働ける場所を作ろうと、地元の主婦3人によって「南三陸復興ダコの会」を結成。その後も、廃校となった旧入谷中学校に、廃校の「廃(はい)」と「YES」を掛けた入谷Yes工房をオープン。現在では20人を超すスタッフが働く、同町の復興のシンボル的な存在となっている工房だ。

 この入谷YES工房では、地域の素材を活かすことを基本としている。かつて仙台藩の養蚕で栄えた地域にちなみ、繭玉を利用したまゆ細工を制作したり、南三陸町志津川湾の名物であるタコをモチーフにしたキャラクター文鎮「ゆめ多幸鎮(たこちん)オクトパス君」(*置くと試験にパスする)を復活させ、木材資源などとあわせて利用することに力を入れているのだ。震災直後には、津波を被った塩害木や倒木が大量にあり、コースターや絵馬、コーヒードリッパーやスタンプなどの素材として積極的に活用。南三陸森林協議会のFSC材を加工する委託業者として(株)佐久の佐藤氏たちとも関わり、FSC材を利用して商品製作を行っている。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 レーザー加工機を導入してからは、企業のノベルティやオリジナル商品の企画・制作・販売を行う工房として本格始動。現在では40種以上の商品を展開するまでに成長している。「打ち合わせに来て、すぐにここでデザインし、ものによってはその場で試作品まで作れるのがこの工房の強みですね」。そう話すのは、同工房の広報とデザインを担当する大森丈広氏。2018年6月からは南三陸復興ダコの会の会長を務める南三陸町のキーマンの一人でもある。もともと南三陸で生まれ育った大森氏。東京でデザインの仕事をしていたが、震災をきっかけに地元にUターン。前職で培った技術と経験を生かして次々と新たな商品を誕生させ、工房の運営に大きく貢献している。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 オクトパス君の生みの親で、南三陸復興ダコの会の事務局長を務める阿部忠義氏は、「UターンやIターンする若い世代が増え、うまい具合に地元の人とかかわることでよい化学反応が起きていますね。オーダーに応じて設計し、その場で試作まで作ることもできるので、利便性から仙台圏の企業の引き合いも増えています。企業との通訳的な役割を担ってくれていますね」と、大森氏たちの活動を見守っている。
 
 復興のきっかけにとどまらず、新たな製品の製作・販売を推し進め、そこから得られる収益で現在では自力で運営できるまでに育った同工房。地域の素材を活用し、同時にその素材をとことんまで利用することを基本方針としている。例えばコースターなどを切り出した板はそのまま廃棄することなく、町内の民宿などで壁面の飾りとして利用。伐採時に大量に出るスギの枝は、年輪が詰まっていて硬く彫刻しても壊れないという特性を利用してハンコの素材として活用している。それでも使い切れない端材については、今でも薪釜を使っている近隣の家に持ち込み、燃料として使ってもらっているそうだ。森林から出た資源をとことんまで有効活用するというYES工房の取り組みは、どこかFSCの理念と重なっているようにも見えた。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉

もう一つの世界認証

 南三陸森林管理協議会がFSC認証の取得準備を進めていた同じ頃、同町の沿岸に位置する戸倉地区において、養殖水産業版のFSCとも言われるASC認証(Aquaculture Stewardship Council: 水産養殖管理協議会)取得に向けての取り組みが進められていた。環境に大きな負担をかけず、地域社会にも配慮した養殖業を認証するこの制度の取得に取り組んだのは、宮城県漁業協同組合の志津川支所戸倉出張所。三陸の特産品であるカキの養殖を長年行ってきた事業体だ。

 南三陸町を地図で見ると、山の峰々が行政区を取り囲む分水嶺に囲まれた町であることが分かる。町内に降った雨は全て海へと流れ込み、地球スケールでの水の循環が全て一つの行政区内で完結する特徴的な町だ。水のコンディションがそのまま里や海に影響することから、(株)佐久の佐藤氏も、山の状態が里や海の環境に大きく影響するという意識を日頃から持ちながら、山の管理を行っているという。

南三陸森林管理協議会 (© 藤島斉)© 藤島斉 「南三陸町のおよそ77%が森林。これが海から見ると95%くらい森に覆われて見えるのです。私たちの養殖は、餌も肥料もやらない無給餌養殖で行っているので、海から陸を見ていると、山の恵みを受けて成り立っているのだなぁと、つくづく思います」と話すのは、宮城県漁業協同組合志津川支所戸倉出張所の阿部富士夫所長と、同出張所カキ部会の後藤清広部会長。二人もまた南三陸町のキーマンだ。「養殖は山の養分を湛えた海の恵みで成り立っています。言わば私たち漁師は、自然からの利子で暮らしているようなもの。将来にわたり、どうやってこの自然を守っていくかが重要な課題です」。(阿部氏)そうした思いもあり、同出張所では以前から「森は海の恋人」というキャッチフレーズを合言葉に、度々植樹に取り組んできた。

 山の恵みを受け、100名を超える組合員がカキやホタテ、ワカメの養殖を行っていたほど豊かだった戸倉地区の海だが、豊か過ぎるが故に気が付いたときには過密養殖状態となり、生産は悪化へと向かっていく。品質は著しく低下し、病気のリスクも増え、早急に何かしらの手を打たなくてはならないという危機感が迫っていた。そんな状況の中、東日本大震災の津波が押し寄せた。
 津波によって壊滅状態となった養殖場では復興作業が進められ、阿部所長たちは、自然に負担をかけ過ぎずに自然と共に生きていく事が最善の方法だと認識。東京から支援に訪れていたNGO団体のスタッフからASC認証のことを聞き、自然と共存する新たな道として、ASC養殖場認証の取得を目指すことにしたという。「過密養殖をやめて、施設をこれまでの1/3に減らして再スタートを図ろう」。その提案に反対する意見も多くあったが、議論を重ねた結果、最終的には96名の事業者が施設の縮小に同意し、環境への配慮を重視した新たな養殖がスタートした。
 4カ月後、カキの成長具合を調べたところ、すでに20gのカキが育っていることを確認。「これまでは15gに育つまで3年掛かっていたものが、1年で販売できるまでに成長するようになったのです。これにはびっくりしました」と、当時を振り返る後藤部会長。「栄養のある海では大きい殻を作る必要がなく、その分の栄養を身に蓄えます。環境がよければ大きい身を作って、次の世代により多くの卵を残すのです。この仕事を30年もやっていて、そんなこともわからなかったんですね」。

 半信半疑で始めた新たな取り組みだったが、この結果から改めて自分たちが利用している海は山の恵みを多大に受けていることを痛感。その恵みの元となる山をしっかりと管理してくれている佐藤氏たち山側の人たちに感謝すると共に、自分たちも海を汚さないようにしていきたいと組合員全員が思うようになる。さらに、ASC認証を取得したことで組合員の意識が「量産」から「いいものを作ろう」という動きに変っていった。

 その後、戸倉地区のカキは、これまでの「宮城県産カキ」から「戸倉産カキ」として扱われるようになり、都内の有名なスーパーなどでもブランドカキとして販売されている。FSC認証と同様、ASC認証も、認証を取得しただけでは消費者は高く買ってはくれない。とくに食べ物の場合には味と質が求められるので、木材以上に消費者は厳しい目で吟味することだろう。その中で自分たちの育てたカキが、自分たちの地区の名前を冠して流通していくことはとても嬉しいことであり、大きな自信となっているそうだ。

エンディング

 こうした戸倉地区の動きについて(株)佐久の佐藤氏は、「同じ南三陸町の中でASC認証を取得してくれたことに、とても感謝しています」と語る。「自然そのものを賢く使って生産して行くのが一次産業。良いものを作っていくと同時に、認証は認証として広げていかないといけません。その点、食べ物の場合は環境に配慮した生産方法が、そのまま味や品質として現れるので判断がしやすく、消費者にとって“認証=味と品質のバロメーター”として直結します。そうした分かりやすさを持つASC認証のおかげで、私たちが取得したFSC認証も同じように“良いものをつくる国際認証”として見てもらえることができるのです。大きな追い風になっていますね」。
 山と海がお互いに感謝し合う関係。佐藤氏は南三陸町で行われているこうした取り組みをメッセージに託し、「こんなに環境に配慮した町づくりをしている場所に住んでみませんか?」と、外部に発信していきたいという。

 その際に重視しているのが、認証と地域の魅力との関連付けだ。丸平木材の小野寺代表も、認証の価値を上げるためには、地域の何かと認証を結びつけ、新たな価値をどう作り上げていくかが重要だと話していた。南三陸町の場合はそれが赤味を帯びた美しいスギであり、身が大きく味も濃厚なカキだった。それらを個別に売り込むのではなく、山と海とが連携し、そこで起こる〝化学反応〟を復興の原動力にしてきた様子が、今回の取材の端々で感じることができた。
 山と海、さらにその間にある里と川も一緒になって行われている南三陸町の町づくり。昔からこの地域でごく普通に存在していたという山里川海のつながりと、そこに「認証」という新たな要素が加わることで起こる新たな化学反応。この先も続く復興と町づくりにおいて、FSC認証の果たす役割は決して小さくないだろう。


文:藤島斉
※この記事は、2017年に行った取材をもとに再構成したものです。

基本情報

【所在地】
〒986-0728 宮城県本吉郡南三陸町志津川天王山138−3 (南三陸森林組合事務所内)

【主な樹種】
スギ、赤松、ヒノキ

【取扱製品】
原木、用材、その他ノベルティー等

【問い合わせ】
株式会社佐久(南三陸森林管理協議会事務局)

  • 電話番号:0226-46-2037
  • メール: taiichisakyu at gmail point com

関連coc認証取得者

【名称】
丸平木材株式会社

© Forest Stewardship Council® · FSC® F000218